数字は秘数へと
数字は人間が作ったものであれば、そこに人間的な意味を見出そうとするのは当然のことです。
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人々はタロットカードのように数字に意味を持たせて当てはめ、暗示や兆しなどを知ろうとするわけです。
その数字に込められた意味は誰かが独占的に決めることではありません。
誰でも考えていいことです。
あなたの中にある数字で、意味のあるものは何ですか?
数字はあなたに問いかけます。
「秘数」とか「数秘術」という言葉があります。
誕生日から未来を占ったりすること。
占いは自己完結を目指しながら、外に向かって開かれているという矛盾がゆえに収斂しません。拡散し続ける。
占いによる予兆は自己再生産されて続けられていく。
だからそうした占いには人の直感に働きかけるものがあります。
オリンピックは四年に一回。
「大罪」はなぜ七つではなければならないのか。8つは丸くなる。だから罪が弱くなる。
煩悩は108つで、あと3つがどこかにあるはず。欠けているはず。
揃えば111で通りがいいから。
その3つの煩悩だったものとは何か、それは煩悩を超越する何か、か。
3という数字が好まれるのはなぜか。
体位はなぜ48手なのかw。
パスワードは結果として素数が多い。
ケタの多いものに意味を持たせるには素数でなければならない。
ここで感覚的なもの、独断から私がさっとおもいつくままに書いてみましょう。
1は独善、2は依存、3は栄光、4は和解、5は勝利、6は未来、7は必然、8は調和、9は戦い、0は誕生と死
どうか。
今の一瞬に思い浮かんだだけですから、見直さないといけないかも知れません。
どうという話ではないはずだけれども、どこか私の中ではきっと意味があること。
9の戦いから独善の1を引くと調和。
5の勝利か4和解か、それは9という戦い。
7の必然から1の独善がなくなると6の未来になる。
6の未来に2、依存することは予定調和の8、・・・
勝利の5が3の栄光に輝くとき、それもやはり予定調和の8となる。
1独善的な9戦いは、死という0ゼロ。
6未来が、和解によって作られる4とならば誕生というゼロ0。
7必然がもたらす3栄光ならばそれは死0。
調和8に依存2したバランスは何かを産む0。
・・・数字は魔術でもありました。
ゼロという概念を発明したのはインド人だと言われます。
知っていましたか?
何かの数字をゼロで割ることは「許されていない」のです。
叱られるのです(笑)。
許されない。禁止されているのです。
「ゼロで割るのは答えが出ない」という言い方は正しくありません。
「禁止」なのです。
いったい誰から禁止されているのか? 数字の世界で禁止されているのです。
これは「ゼロによる除算の禁止」という言い方がされます。
ゼロというのは「無」です。
何もないということ。
インド人以前はこう考えていたはずです「何もないものは数えられない」と。
だから「ゼロ」はなかった。
これはすごく意味深いものを感じます。
天才数学者と呼ばれる人のほとんどが統合失調症だったりする。
彼らの頭の中にはどんな世界があるのでしょう。
私もちょっとおかしいのかも知れません。
いや、むしろそうであればいいのに。
SpaCrazy
