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【改訂】欧米人がマスクをするのを嫌う訳

 20年以上、その土地に住んでいても、その社会の深層が分からないままという人もいる。

 それは「表面的な問いかけには嘘がある」ものだから。
 隠れたものを知るには別な方法が必要だ。


・・・



 トランプが「俺はマスクはしないけど」と言った。これが日本人には理解できなかった。
 G20、欧米のリーダーたちがマスクをなかなかしなかった。それが日本人にはわからなかった。

 このコロナ感染で変わったとは言っても、欧米では昔からマスクを嫌う連中が多かったのは事実だ。
 イギリスでもどこでも、欧米ではマスクが嫌われてきた。

 どこの街角でもマスク姿というのは本当に珍しいものだった。

 もちろん、医者は処置をするのにマスクをする。
 それを嫌がる医者などいない。
 あくまで公衆の場所でのマスク着用という話だ。

 それにデモをすれば催涙弾を避けるのにマスクをする。バンダナを巻く。




 しかし平時、公衆の場では誰もマスクなどしようとはしなかった。
 欧州では特にそういう連中が多かった。
 ほとんどの連中がそうだと言ってよかった。

 コロナでもなければ、これまで一般人で公衆の場で、マスクをする人はいなかった。

 それはなぜか、ということ。


これについては、昔から流布されてきた説があって、それは

「欧米人は『マスクなんてするのは病人だけだからと、
  そんな理由でマスク姿を嫌うらしい」
というものがある。


 日本人にはこれを素直に信じている人が多いようだが、これは大嘘。
 欧州が自らの文化を美化しようとし、誤魔化した挙句の設定でしかない。

 だったら病人ならマスクをしているはずだからだ。




 ここで、今回の欧州でのコロナ感染拡大が、そのマスク不着用で広がったのかどうか、それは関係ない。
 日本よりは欧米は衛生観念が低く公衆衛生の状態が悪いということもある。
 その検証はまた別の話。


 ともかく、この記事は、なぜ欧米ではマスクが嫌がられてきたのかという、文化的な考察でしかない。

 そのキモとは何か?


 墓堀人や屠殺人、ゴミ屋、バタ屋、産廃回収、ドブ掃除、ごみ焼却場、欧州でそういうところで働く人々はちゃんとマスクをしている。
 普通の人は決してやらない仕事だ。
 そして一般市民はまるで存在しないかのように目を背ける職業。
 いわば最底辺。

 だから、欧米人のほとんどは、自分がそういう最底辺と同じに見られたくないということ。
 だから普通の一般人は頑としてマスクをしようとしないのだ。

 彼らは不可触賤民とまではゆかなくとも、特殊な立場だ。
 社会から微妙に距離を置かれた存在だ。

 売春婦よりも、犯罪の前歴がある者よりも、ヘタをすれば麻薬中毒患者よりも下位として扱われている存在かも知れない。


 それを喩えれば日本で言えば「部落者」のような扱いに近い。
 しかし、単に「部落出身者」ということでもない。その親の代からの扱いに従い、慣れ、当然のことのように、その独特の仕事に従事する人々だ。






 社会が歴史を積み重ねるとともに、社会の制度や構成が成熟し、様々な仕組みが洗練され、秩序が生まれる。
 そうして豊かな社会が実現すれば、みながその水準を基準にしてまとまるようになる。そのために人々の教育水準も高くなってゆく。
 それが近代の市民社会というものだ。

 しかしどうしても汚れた仕事はある。
 それをまるでないかのように度外視する。
 そしてそこに芽生える差別意識がある。


 普通の人々はそうやって、決して社会から切り離されている人々とは関わろうとはしない。
 関わりたくない。
 自分はその立場にはなりたくない。
 彼らについてはお気の毒に、そういうわけだ。

 誰がコロナに感染するか分からない。皮肉にもまるで今の状態のようなものだ。


 つまり、社会にとってタブーということ。

 誰もわざわざ屠殺現場の悲惨さを見ようとはしないし、ゴミ捨て場の悪臭をわざわざ知ろうとする者はいない。

 そうして一般市民は心理的垣根を作り、自分たちは「普通」なのだとして自分たちのコミュニティに逃げる。
 そのコミュニティの中は穏やかで安全、嫌なものを見なくて済む。そして清潔だ。



 欧州は階級社会である。
 しかしそれは何も、王族や上流階級というだけではない。
 庶民もその階級に取り込まれている。


 だから、彼ら最底辺の人々が仕事で装着している目立つもの、そのマスク姿になることを嫌うのだ。

 自分は彼らとは違うのだ、と。


 そうしてもっと言えば、マスクをするということは口を隠すということにつながる。
 欧州の歴史が懸命になって獲得してきた市民権、表現の自由、言論の自由。市民権。
 その発言が封じられているという連想にもつながる。

 そんな自由が許されないのは市民ではない。

 底辺の彼らには政治への発言権などない。その必要だってないはずだ。
 彼らが市民社会に参加することはない。
 政治なんかに注文したりクチなどは出せない存在だ。マスクで口を隠されても差し支えはあるまい、と。


 その一方で、彼らの存在について知らん顔をしている一般市民というのは、社会に対して大いに発言権がある。
 自分らはれっきとした市民なのだ、と。

 もちろん、最底辺の彼らがいなければ埋葬もできないし肉も食えない。

 しかし一般市民というのはそのことを深く考えないようにする
 気がつかないフリをして自分可愛さとばかりにやり過ごすだけのシトワヤンども。

 それは紛れもない差別意識ではあるが、悲しいかな人間社会につきまとうことだ。




 日本人が留学なり駐在かなんかでイギリスに来る。それはある意味では「お客さん」でしかない。文化的な深淵が覗けようもはずもない。

 しかしそれでも、風邪気味でマスクなんかしていたらジロジロとガン見され、同僚から「なんでそんなものしているんだ」と聞かれる。

 その意味するところとは、
 「(おいおい、いくら外国人でも、そんなマスク姿で俺たちの輪に入らんでくれよ。)」というわけ。しかしそれは口に出されることはない。


 本来は個人主義の欧米で、なぜ人のマスク姿に反応してしまうのか。
 最底辺がしてるから。これが答えだ。

 底辺と付き合っていると見られてしまうから、底辺がウロチョロしているような街と思われては困るから。だから、アカの他人がマスクをしていてもひどく反応して嫌がる。


 もちろん、この底辺にも顔面全体に強烈なタトゥーを入れる連中とか、サッカーで暴れる連中とかそんな連中も一部にはいるだろう。そんな無法者たちとカブる部分は少しはあるだろう。

 だが、結局は、そういう集団にも実は属せない連中と言った方が正しい。


 かくも社会的差別というのは残酷なものなのだ。





 今回のコロナ感染で言われて注目させられた論調がある。
 いわく、「自由だの人権だのと、日ごろからうるさく言ってきた欧州が、いとも簡単に自由を制限する強権を発動させた。」というものだ。

 そんな風に欧米に驚いている連中がいるが、それは勘違いというものだ。
 市民社会の本質がわかっていない。

 「市民社会」というのは、そういう強権の発動を認めたうえで自由や市民権などがあるのだ。
 そしてその影では、こうして存在すら公に認めてくれないような賤民的に扱われている人々がいるということ。

 だから、市民社会は強権を受け入れる。
 なぜなら、自分たちはその契約をした階級だから。
 そこから外れた賤民ではないからだ。


 こういう欺瞞に驚いてしまうというのは、日本の戦後の平和ボケ教育が影響しているのかも知れない。甘い。





 対して日本人はどうか。
 日本人は常に他人の目を常に気にしている。そういう狭さのある社会でもある。
 人が人を非難することで優位に立とうとする社会でもある。

 コロナ騒ぎでジョギングしている連中が批判されたり、子供が公園で遊んでいるのがとがめだてされている。
 海岸に行くのをよせと云う。不謹慎だ、感染拡大を何だと思っているのか、感染を広げているのが分からないのか、等々。

 まるでこの騒ぎはヒステリーだ。

 運転のヘタなヤツが道路に入り込んで、巡り巡ってそれが影響し、どこかで事故が起きるかもしれないという理屈だ。
 ヘタクソなドライバーは自動車に乗るな、人の命がかかっているのだ。前はそんなことは言われなかったのにww。


 風邪をひいたり咳をしていれば、そのことで非難されることを怖れる。自分も同じように咳をするヤツを睨みつけていたから今度は自分に返ってくる。

 だから対外的に先手を打つ。マスクをする。
 だから日本人はマスクが好きだ。
 自分の善良さのアピールでもあり、社会と共生しているとのメッセージでもある。

 そのようにして、日本はとかく社会での個人の関係において臆病なものだから、「自分は社会に配慮している」と知らせなければならない。


 しかし今のこのコロナ感染のご時勢をキッカケにして改めて考えれば分かりそうなものだ。
 日本人にはマスクは飾りでしかない。

 たとえマスクをしてたとしも、スーパーの人混みにわざわざ入っていくようではしょうがないのだ。





 我々は矛盾多き世の中に生きている。

 日本には「同調圧力」というものがある。画一性は矛盾を隠すことができる。
 みなが同じことをやってれば矛盾のキシみは生じない。

 そうして、我々日本人は社会の同一性を保ち秩序を守ろうとしてきた。
 だからマスク姿のラッシュアワーなんて光景が見られるのだ。

 それは決して「習慣」ではない。
 日本と言う社会の「智慧」とも言えるし、最底辺という階級を作らないことにもつながる。

 同一圧力に負けぬ者かどうか、ふるいにのだかけられているということ。
 大衆扱いされたくなければ同調しなければいいだけだ。



 結局、よくも悪くも、日本は欧米に比べれば、ずっと平等で公正な社会だということなのだ。


 他の文化圏にある現実を理解し、我が国の秩序のあり方を見るなら、この国の文化はそうは脆くはないと信じられるはずだ。

 これから欧米で起きる、危機的なほどの価値観の崩壊はこの国ではきっと起きないだろう。


 ただし、欧米で起きる変化に順応する適応力は必要になるだろうが。



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