泣けなかったこと
長いゴールデンウィークになりそうだ。
☆
酒を呑んですっかり嫁が寝てしまい、静まりかえった部屋で振り返ること。
俺は若い時から背伸びをし、なんでもわかった気になっていた。
早くから一人前になっていたつもりだった。
何でもできるのだと、俺はいつも思っていた。
それは今でも変わらない。
そしてイタリアで女性と知り合った。
知り合いから紹介されて、友人の姉夫婦、その妹と出逢った。
彼女の姉は俺を疑うような目で見た。
パーティがあって、その場で彼女から、そっと電話番号を書いた紙を渡された。
そして、何週間かして、彼女のミラノの部屋へ行った。
彼女は、まるでつい昨日出逢ったように俺を抱擁し、部屋に迎えてくれた。
色んなことが慌しい日だった。
街のあちこちではデモや不穏な事件が起きていた。
俺たちは愛し合った。
僅かの時間で燃え上がる恋をして、そして僅かの時間で致命的な喧嘩になった。
結局、お互いに神経質な二人がうまくゆくはずもなかった。
手料理をふるまってくれた女がイライラと悪態をつくようになり、俺に世の中の不正について毒づくようになった。
俺たちは激しい議論をした。
くだらない世の中、唾棄すべき連中がいる。許せない腐敗がある。まるでお互いを非難するようにして世の不正を責めた。
しかし、なんでそんな話になったのだろう。
俺たちは最悪の別れ方をして別れた。
一緒にいた期間は僅か一ヶ月、せいぜいそのぐらいだったろうか。
彼女を置いてジュネーブまで出掛け、また戻って彼女の部屋に行ったから延べで一ヶ月ぐらいだ。
なんとか俺は帰国して、それからは色んなことを忘れるように過ごしていた。
それから二年、もしかすると三年は経っていたかも知れない。
電話をかける気になったキッカケは何だったかは分からない。
当時の荷物を整理していてメモを見つけ、バカ高いのを承知で国際電話をかけてみると、独り暮らしの彼女のアパートに出たのは彼女の友人だった。
一度か二度会っただけの、よく知らない女性だったが、その時、彼女が死んだことを知った。
その時はもう死んでからだいぶ日が経っていた。
自殺だった。
男の子が残され、当時、姉夫婦に引き取られていったという。
その女は何気なく言った。少しアジアの顔をした子、と。
電話を切っても、どう反応をすべきか分からなかった。
ショックのようなものは感じなかった。
胸の鼓動も、息遣いもいつも通りのままだった。
ふと、彼女の姉夫婦の、俺を見た時の訝し気な顔が浮かんだものだ。
思い当たることはあった。
子供には俺の血が入っていると俺にはなんとなく分かった。
しかしただ、それだけだ。
俺とは何の関係もないのだ。
子供の出来ない姉夫婦が引き取ったのだ。
泣けなかった。
思い当たることが多すぎた。泣けはしなかった。
不思議なぐらい、俺には何の感情も涌かなかった。
もう終わっていたからか、などと、その時のことを勝手に振り返ったりする。
現実感のない遠い出来事にしか思えなかった。
少し懐かしく、よく彼女のことを思い出すようになったのは、それからずっと後になってからのこと、家内と暮らすようになってからのことだ。
彼女は思い出の中でも俺を責めている。
家内は素晴らしいパートナーだ。
一方で俺はダメな人間のままだ。
俺は人生を楽しめているだろうか。
精一杯やれているだろうか。俺は自分に問いかけるしかない。
俺はいつまでもガキのような人間だ。
だからつい家内に当たり、嫌なことを言ってしまうこともある。
すまない。
いつか返す。
※ 後悔の多い日々を送ってきた。後で悔しいと思うから後悔と書くんだろう。
酔って、しみじみ振り返って放り投げたつもりだったが、コメントされればやはり痛い。
今は家内を大事にしようと誓う。
率直に書いてゆきたい。
いつかはこれを家内が見るかも知れないのだ。
それに自分が冷酷な人間かという意味で振り返ったのではない。
枯れれば出るものも出ない。
またその後の彼女のことを書こうと思う。今はちょっと。
気分を変えて、楽しくいこう。
