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泣けなかったこと

 長いゴールデンウィークになりそうだ。
 酒を呑んですっかり嫁が寝てしまい、静まりかえった部屋で振り返ること。


 俺は若い時から背伸びをし、なんでもわかった気になっていた。
 早くから一人前になっていたつもりだった。

 何でもできるのだと、俺はいつも思っていた。
 それは今でも変わらない。


 そしてイタリアで女性と知り合った。


 知り合いから紹介されて、友人の姉夫婦、その妹と出逢った。
 彼女の姉は俺を疑うような目で見た。

 パーティがあって、その場で彼女から、そっと電話番号を書いた紙を渡された。

 そして、何週間かして、彼女のミラノの部屋へ行った。
 彼女は、まるでつい昨日出逢ったように俺を抱擁し、部屋に迎えてくれた。
 
 色んなことが慌しい日だった。
 街のあちこちではデモや不穏な事件が起きていた。
 俺たちは愛し合った。


 僅かの時間で燃え上がる恋をして、そして僅かの時間で致命的な喧嘩になった。


 結局、お互いに神経質な二人がうまくゆくはずもなかった。
 手料理をふるまってくれた女がイライラと悪態をつくようになり、俺に世の中の不正について毒づくようになった。

 俺たちは激しい議論をした。
 くだらない世の中、唾棄すべき連中がいる。許せない腐敗がある。まるでお互いを非難するようにして世の不正を責めた。

 しかし、なんでそんな話になったのだろう。


 俺たちは最悪の別れ方をして別れた。

 一緒にいた期間は僅か一ヶ月、せいぜいそのぐらいだったろうか。
 彼女を置いてジュネーブまで出掛け、また戻って彼女の部屋に行ったから延べでヶ月ぐらいだ。







 なんとか俺は帰国して、それからは色んなことを忘れるように過ごしていた。

 それから二年、もしかすると三年は経っていたかも知れない。
 電話をかける気になったキッカケは何だったかは分からない。


 当時の荷物を整理していてメモを見つけ、バカ高いのを承知で国際電話をかけてみると、独り暮らしの彼女のアパートに出たのは彼女の友人だった。
 一度か二度会っただけの、よく知らない女性だったが、その時、彼女が死んだことを知った。
 その時はもう死んでからだいぶ日が経っていた。

 自殺だった。


 男の子が残され、当時、姉夫婦に引き取られていったという。
 その女は何気なく言った。少しアジアの顔をした子、と。



 電話を切っても、どう反応をすべきか分からなかった。
 ショックのようなものは感じなかった。
 胸の鼓動も、息遣いもいつも通りのままだった。

 ふと、彼女の姉夫婦の、俺を見た時の訝し気な顔が浮かんだものだ。

 思い当たることはあった。
 子供には俺の血が入っていると俺にはなんとなく分かった。
 しかしただ、それだけだ。
 俺とは何の関係もないのだ。

 子供の出来ない姉夫婦が引き取ったのだ。





 泣けなかった。
 思い当たることが多すぎた。泣けはしなかった。
 不思議なぐらい、俺には何の感情も涌かなかった。

 もう終わっていたからか、などと、その時のことを勝手に振り返ったりする。
 現実感のない遠い出来事にしか思えなかった。


 少し懐かしく、よく彼女のことを思い出すようになったのは、それからずっと後になってからのこと、家内と暮らすようになってからのことだ。
 彼女は思い出の中でも俺を責めている。


 家内は素晴らしいパートナーだ。
 一方で俺はダメな人間のままだ。

 俺は人生を楽しめているだろうか。
 精一杯やれているだろうか。俺は自分に問いかけるしかない。
 俺はいつまでもガキのような人間だ。

 だからつい家内に当たり、嫌なことを言ってしまうこともある。


 すまない。
 いつか返す。




※ 後悔の多い日々を送ってきた。後で悔しいと思うから後悔と書くんだろう。

 酔って、しみじみ振り返って放り投げたつもりだったが、コメントされればやはり痛い。


 今は家内を大事にしようと誓う。


 率直に書いてゆきたい。

 いつかはこれを家内が見るかも知れないのだ。


 それに自分が冷酷な人間かという意味で振り返ったのではない。

 枯れれば出るものも出ない。


 またその後の彼女のことを書こうと思う。今はちょっと。

 気分を変えて、楽しくいこう。


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