アリス!アリス!アリス!
嫁と体験乗馬なるものに参加したことがある。
☆
それはただの乗馬クラブのセールス、営業のひとつではあったんだが、俺は割りとそういうところが世間知らずではある。体験したはいいが猛烈なセールス攻勢を受けることにはなった。
まあいいんだけど。
ある時、嫁と二人でそんな乗馬クラブの一泊二日の体験ツアーに参加したのだった。
日本の乗馬クラブは「お稽古」の色彩が強い。
馬を乗りこなせるというよりその作法を学ぶという趣旨が強い。
俺は馬には乗ったことがあったのだが、そこはすぐにクラブ側から嗅ぎつけられてクギを刺されてしまった。
いわく、「馬が壊されてしまうからめったな乗り方はしないでくれ」ということ。
乗馬クラブというのは別に馬に乗って遊ぶというのが目的ではない。
乗馬を通じて・・健全な精神の育成に・・ムニャムニャ。
まあ、しょうがない。そこは反対はしない(笑)。
一方、嫁はそれこそ生まれて初めての体験でビクビク。全てがはじめてのことだった。
回り運動、並足なんてやって小さなグループに分けられてグルグル回っている。それでも緊張しているようだった。
確かに日本の駐日大使を務めた人は落馬事故で亡くなった。そりゃ危険ではある。
あの体重だ。
しかし乾いた空気に馬の汗の匂いが気持ちがいい。
確か今のような春先だった気がする。
俺はちょっと目を盗み、少し勝手にあたりを馬で乗り回していた。派手にやらなければよい。そうしたら埒の中、木のサークルに囲まれたところで誰かが大きな声を出していた。
静かな乗馬のお稽古という中にあって、そんな大声で声を出すというのは珍しい。
真に迫るものがあったが、しかし何かどこか滑稽なのだった。
アリス!アリス!アリス!
嫁の声だった。
回り運動をしていたら突然にラクダのように馬が座り込んでしまい、それを立たせようと名前を呼んでいるのだった。くるぶしでもお腹を叩くのだが馬は不貞腐れたかガンとして動かない。
今思い出すと、その呼び方はまさにバモセだった。
ああ、、、バモセ(笑)。
嫁はそれこそ真剣に馬に呼びかけていた。
駄馬は知らん顔をしていたようだった。
そのグループのみんなが遠巻きにしてそれを見ていた。俺には笑えたけど、みんなにはとても笑える雰囲気ではなかったようだ。
馬の名前はアリスというらしい。
今でもあの妙に真剣な声を思い出すと、おかしくて可愛らしくて楽しくなる。
馬が言うことを聞かなくて、嫁が馬の名前を呼んで、立ち上がるよう奮起をうながしていたのだ。
馬の耳になんとやら、じゃないか(笑)。
そういえばその時に俺が乗った馬の名前は何だったか思い出せない。
自分の乗り物、バイクにだってあまり名前はつけないだろう。
と思ったら、自転車は「ひでこ」と呼ぶようになった。
その愛称はかつて嫁が新しい自転車につけた名前だった。
