カラスの幼鳥
カラスは鳥だから「カラスの幼鳥」というとあまり正しくない。
☆
ダブル・ミーニング。
鳥は夏でも子作りをするのもいて、猛暑になるちょっと前にはツバメが二回目の巣作りをして子育てしているというのを見た。
軒を貸すと幸運が訪れるというので、そこの主人が喜んでいた。
小さなヒナが四羽か五羽、大きくクチを開け放して並んでピイピイ鳴いて、親のクチからエサがもらえるのを待っていた。
鳥はあまり春先のサカリとか、時期にはこだわらないのかも知れない。
少し涼しくなれば子作りをするのも出てくるだろう。
今も鳩が庭木に巣をかけ始めてポオポオと鳴いている。
何度もネコにやられて卵やヒナがやられ、とうとうしびれを切らしてネットでその巣を囲った。それで無事に生まれた鳩が住み着いている。キジ鳩だ。
よほどモテないらしくて、彼女がいつも変わる。新しいのができるたびにこちらに連れてくるのだがまだ子作りには成功していない。
ポオポオ鳴いて、誰かいいヒトをと願っているんだろうが、どうなることか。
ある時、涼しくなった初秋のこと、静かに自宅で仕事をしていたら突然バサバサっと大きな音がして窓ガラスを少し叩き、外の庭から怪しい影が横切っていった。
それこそイメージとしては死神がさっと舞い降りたような影にさえ見えた。
こういうのは日常的には脳梗塞とか突然のことなんかできっと見ることがあるのだろう。死神の影を。だがその時は違った。
急いで出て行ってみると我が家の周囲をバサバサとはいずっている。真っ黒い影。
まだ幼い、カラスの幼鳥だった。
まだろくろく飛べないものが何かで失敗して墜落したようだった。
軒先の空間は屋根が上に張り出していたり庭木が茂っていたり雑草や植木があったりして、きっと迷い込んでしまった感じなのだろう。翼を広げようとしてもうまく飛び立てそうにない。
バサバサと暴れてパニックになっていた。目を回しているようにさえ見えた。
暴れると怪我になると思ったので、急いで手袋をはめてきてそいつを拾って抱えた。
両手で抱くと大人しくなった。鳥特有の熱い体温が手袋越しにさえ伝わってくる。ドキドキと心臓を鳴らしている。
こっちを見つめているツブラな目と顔つきはどう見てもまだ子供だ。
キョロキョロとこちらを目で追っている。
少し抱えて持ったまま立ってじっとしていて、落ち着かせた。
それからゆっくりと二階に上がっていってベランダに出、またそこから上へ、ハシゴで屋根の上まで出た。
持ったまま両手がふさがっているのには困難したが、そのときにはカラスの方はすっかり落ち着いていた。
屋根に上ると高いところから紙飛行機をスッと飛ばすようにして放すことにする。
屋根から下まで距離があるから、体勢を整え直して飛べるだろう。
すると、やはり手を離すとグライダーのように一度ふわりと風に乗って、それからちょっと羽ばたいてスピードをつけ、風に乗って飛べたようだ。
羽ばたきはぎこちない感じだが、あたりが開けていれば飛べるのだ。
そのまま遠くの森へ飛んでいった。
どうしてそんな放し方ができたのか、考えついたのか、自分では分からない。
今から考えるとカラスの飼育経験があるわけでもないし、特に知識があるというわけでもない。
思えば、なんとなくそうしてくれとカラスが伝えていたのかも知れない。以心伝心というのはあるものだと思う。
そんなことをすっかり忘れた頃、何ヶ月かした後のことだ。
庭仕事なんかをしていると黒いカラスが静かにやってくるようになった。
離れた木に止まってこちらをじっと見ている。ウチを見に来ている感じだった。
鳴いたり声は出さない。
木に止まって室内の様子をうかがったり、こちらを見つめているカラスを見かけるようになった。こっちが目を合わせると飛んでいってしまう。
あの時のカラスなのかと気がついた。
もうすっかり成長して自由に飛び回っているのだった。
何かするわけでもない。鳴き声を出すわけでもない。
ただ、時々やつてきて暫くこちらを見てふと去っていく。
それが一年、二年と続いたものだ。
ずっとこちらを覚えているのだな。
頭のよさがわかる。
それが四年ぐらいは続いたと思う。来なくなった時は誰か相手ができたかなと思った。
別にカラスは害鳥とは思えない。
お互い、そこそこの距離があればそう思えるものだ。
宝くじでも咥えて来てくれたらよかったが、そんなお伽噺のようなことはなかった。
しかし嫁の目尻にはもういい歳だというのに「カラスの足跡」が全くない。
きっとこれが礼なんだろうと嫁には言っている。
