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昭和がまたひとつ思い出となった、八代亜紀


 八代亜紀が逝った。


 昭和のページが、またひとつ思い出となって閉じられた。
 私は今、それを見送っている人々の気持ちを思う。


 人々が過ごし、歳をとってきた昭和。それは振り返ればまるで夢のように思える。

 悩み、泣いては笑い、人と話し、叫び、走り出した時代。
 そんな時代があったことを次の世代は忘れているのだろうか。ただ知らないだけだろうか。


 もし、そんな時代があったと初めて知ったとしても憧憬に意味はない。また作ればいいのだ。

 挫けず、盲従することなく、自分の頭で考えて自分で判断するのだ。
 何かを押しつけられていると感じるなら疑い、今のことに疑問を呈し、声をあげる時代を。
 誤魔化しを許さず、目の前のことに向き合う時代を。


 そうすれば、きっとキラキラしたスパンコールを身に纏った歌姫がまた現れる。
 言い訳や嘘のない輝く時代がやって来る。


 過ぎてしまえば時代なんてそんなものだ。想い出はいつも美しい。
 しかし振り返った時、それが汚れた嘘ばかりだったら悲しい。




 思えば、八代亜紀という人は「元祖お姉さん」だった気がしてならない。

 雨風に耐える厳しさに生きる男たちの寂しい胸を癒す、大人のアイドルだったように思う。
 その歌声は昭和から長く人々を慰めた。


 たいていのドライブインや街道沿いのラーメン屋なんかには彼女のポスターが飾ってあったものだ。
 ほこりっぽい道沿いの、主に長距離トラック運転手なんかが利用するような店で、むやみに広い駐車場は夜になるとトラックで賑わった。
 夜が更けると、日中の呆けた雰囲気とは打って変わり前線の補給基地のように慌しくなった。
 
 「トラック野郎一番星」、

 「歌うヘッドライト」、そんなラジオの深夜番組もあった。


 そんな店に男たちがやってくると、八代のポスターをみなが嬉しそうに一瞥した。
 いつものドライブインは我が家のように懐かしいのだ。

 店のトイレにさえ八代のポスターが貼ってある店があって、私は門外漢ではあったが当惑した覚えがある。
 八代の衣装は大人しい和服ではあるのだが、どこかえも言われぬ色気が漂っていたものだから困った。
 

 そんな記憶は多くの人々に共有されていると私は思う。



 家内は一度、誘われて八代のコンサートに行った。
 もう随分と前のことだ。
 保険契約の接待で家内はたまたまお相伴に預かった。

 歌とお芝居、時代劇をやったそうだ。

 演歌などには興味のなかった家内も、行ったら面白かったなんて喜んでいた。
 スポンサー関係の観劇の縁ということで、楽屋に大勢して挨拶をしに行ったとか。
 花束を渡して礼を言うと、ドレス姿の八代はきさくに笑った。

 「みなさん来てくれてありがとね。」

 そんな風に言われたそうだ。

 誰でも子供扱いされてしまうような、きっとそんな雰囲気だったろう。
 興味本位のわずかの楽屋訪問だったが、家内には印象は強かったようだ。


 「化粧の匂いがプンプンしなかったか?(笑)」

 話を聞いて私は家内に聞いたものだ。
 私が子供の時分、八代は厚化粧で有名だった。よく冗談になった記憶がある。
 家内に言わせればそれはただの世間的なイメージだとか。


 八代はまだ若かったのに、なぜか大人然としたところがあった。
 それは演歌というジャンルだったからかも知れない。

 彼女の歌を聴く人々は人生の酸いも甘いも味わった人々だったのだ。




 そんな八代亜紀も歳をとっていった。

 歳を取った女性が、まるで子供のように幼くなっていくのは熟にありがちなことだ。
 ハシャイだり茶目っ気がやけに目立つようになり、落ち着いた大人っぽさが消えてゆく。

 加齢に逆行するかのように女性は歳とともに子供っぽくなってゆく。

 そうなると、もう男たちを甘えさせることはない。
 こちらが少女のように扱ってやらねばならなくなる。こちらが見守ってやる側になるのだ。

 彼女たちは軽口を聞くと実に嬉しそうにする。
 こちらの馴れ馴れしい態度にさえ喜ぶ。
 からかってやると目を輝かせるようにして笑う。
 「年甲斐もなく」なんて言葉は彼女たちには褒め言葉だ。

 照れるわけでもなく「いやだよう」なんて、まるで女生徒のように応える。


 私はそんな様子がよく分かる。

 数年前、動画で見かけた八代もそんな風にしていたものだ。
 


 歌が好きな人だったと思う。

 なぜか私も時々は八代のことを思い出したものだ。
 最近はどうしているのか、と、演歌など聴かずファンでもないのに私はどこか興味が湧いた。

 お姉さん系の人で、子供の時分に知った人だったから関心を捨てられなかったのかも知れない。


 エバンゲリオンの主題歌を彼女が歌ったのは面白く見た。

 幸福な人生だったはずだ。
 たくさんやれることをやれただろう。


 能登半島地震では少なからぬ人々が亡くなった。この国は自然災害が多い。
 元旦に起きた直下型地震だった。


 八代は三十日に亡くなっていたという。
 先回りをしたのかも知れないとふと思う。

 亡くなった人たちのために先に逝ってステージを準備したのかも知れない。
 地震で亡くなった人たちが最初に訪れるどこか先で待っていて、彼女は歌を披露したのだ。
 しみじみと、終わった命へのレクイエムを歌い上げたのだ。




 世界のどこかで今も戦乱に怯えて過ごす人たちがいる。
 その死が歌で慰謝されることはない。
 底知れぬ絶望があるだけだ。

 ヤツラが蒔いた種に巻き込まれただけだ。悔しいじゃないか。

 八代にはあっちでそんな魂を慰める歌もやってて欲しいものだ。


 ウクとガザは焚きつけられた戦争でしかなく、戦争屋たちは次の火付けを東アジアに向けて狙いすましているようだ。

 「北朝鮮からウクに向けて弾道弾ミサイルが発射された。」、こんな妄言を垂れ流したのは誰だ。
 北朝鮮が中国の頭を飛び越えてミサイルをウクに発射した、というのだ。
 なんとも突拍子もない、くだらない話なのだ。
 こんな話に騙される人がいるだろうか。


 ジョンウンは先日プーチンと面談した後に言った。
 「アジアは米国の代理戦争の犠牲にならないようにしなければならない」、と。
 「ロケットマン」にしては上出来な考えじゃないか。



 嘘は真実に勝てない。
 この国はよい意味でも悪い意味でもそんな昭和の時代を生きた。

 ドギツく、生々しい赤裸々な時代を。
 戦う時代を。


 最近、トランプはヤツラが「パンドラの箱を開けることになる。」なんて言ったそうだ。
 すでにその箱は開かれてしまい、ありとあらゆる邪悪が飛び出しているように思える。

 しかし最後に飛び出してくるのは「希望」だ。
 私はそれを信じる。



 さらば八代亜紀

 私は八代が若い頃に彼女の水着姿が見たかったw。


おそまつ






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テーマ : 伝えたいこと
ジャンル : 日記

コメント

非公開コメント

おはようございます。

今日は心に染みる内容で、こちらにコメントを書かせて
いただきました。
私も保険会社の勧誘の一環で外交員のおばちゃんが
〇〇ミエのディナーショーに連れて行ってもらったのですが・・・
皆さん食事に夢中で、全く歌を聞いている様子もなく、中には
大笑いしているテーブルもあって、2曲歌ったところで彼女は
「「どうせ、おまえら、保険屋の招待で来たんだろう。
誰も聞いてないから帰る。」と言ってステージを降りて帰って
しまいました。
八代亜紀さんはそんな態度を取ることはしないでしょうね。
私も水着姿が見たかったです。
大磯ロングビーチの水泳大会とかは事務所的にNGだった
のでしょうね。
ご冥福をお祈りいたします。


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