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立食の年末風景(とある習作)


             【年の瀬の立ち仕事】     作:padroll


 年末も押し迫った三十日となりました。
 立ったまま食事をすること、アタシはとある家族の年末風景を覗いてみたものです。

 夫と妻と娘の三人暮らし。

 核家族とは言っても、どんなに慌しい人でもやはりお正月を迎える用意はするのです。
 お節料理や雑煮、正月飾り、ささやかでも決まっていることをいつものようにしてみる。

 日本のごく平凡な日常だと思います。

 まるでそれが落ち着くかのようにして。
 人はそうして同じことをして何かから逃れようともするものです。


 ただひとつ、今年は最後にこの家族には普通の人と変わったことがありました。
 それは立ったまま今日のお昼を食べることでした。


 めいしくおしあがれ





・・・

 「今日のお昼は立ったままでお願いね。」

 妻が声をかけた。
 鍋が揺らされてコンロで音を立てた。そろそろ昼か。

 ダイニングテーブルは買出しのものが積み上がりすっかり塞がっていた。
 これから鏡餅やら正月のお重やらが+並んでゆくのだろう。

 ギリギリの三十日から支度をするのが我が家の昔からのやり方だ。
 家事を切り盛りする妻はいつになく頼もしい。

 手伝うと煩がられるので夫の修一はあくまで傍観者だ。口も出さないようにしている。

 すでに食事の支度は済んでいた。
 立食での昼食だ。

 テーブルを見ると年末恒例の慌しさを感じてしまうが、とりあえずの仕事納めの挨拶も終えていた。おかげで随分と寛いだ気分でいられた。
 今日は午後遅くからだった。


 マンションの角住戸なのでリビングに陽光が差し込んで気持ちが良い。
 ポカポカとしてとても暖かく感じた。




 リビングとキッチンを分けるカウンターにはめいめいの食器が並んでいた。
 ちょうどバーカウンターのような作りだ。

 横に整列した食器。
 箸置きも横に一列に並べられていた。

 自分のお気に入りの茶碗を見ると、そこが妻が決めた自分の位置だと分かった。
 歩いていっても座るものはない。
 立ったまま、自分の居場所に落ち着こうと修一は足元を意識した。


 食事をするにはあまり馴染めない場所だがコンロを挟んだすぐ対面なので妻の顔はすぐそばだ。
 ダイニングテーブルのように距離を隔ててないので近くから見るのは面白い。
 薄化粧をした妻はなかなかのものだ。


 「ふうん。これは鯖かな。」

 「パパ、お汁を取って。それは鯖の西京漬けよ。」

 妻がコンロの向こうで汁をよそって渡した。

 給仕に忙しい妻はそのままシンクのワークスペースで食べるようだ。
 汁を飲む妻はまるでキッチンで味見しているように見えた。





 「あれ、これはトン汁?」

 「里芋のお味噌汁よ。豚は入ってないのよ。」

 確かいつかどこかの初詣で炊き出しのトン汁を食べた記憶がある。
 初詣の客に振るまってくれた神社があった。
 スチロールの碗に盛ってくれたのをその場ですすった。

 今日の汁はなぜかその時の汁に似た味がしたと修一は思った。

 魚を乗せた長皿がカウンターに平行に置かれている。
 少し狭く感じたので皿を手に持って食べてみた。

 あまり魚の皿を手に持つことはしないが、真近に魚の切り身全体を眺めるのは珍しい。
 西京漬けの黄色が焦げたところがよく見える。

 不思議な気分だ。
 いつもより骨が取りやすい気がした。




 「ママ、西京漬けなんて古くなった魚でするもんじゃないの。」

 「だから年末に食べちゃわないと。お正月にはこんなの食べないものでしょ。」

 もう修一は言い返せない。
 シユウマイの取り合わせがあるのもそれが理由なのだろう。
 チョコんと二つずつ小皿に乗っていた。

 妻に議論を仕向けて説得できたためしが夫にはほとんどない。
 ふと、これは初詣の願い事になるかと思ってしまって胸の中で笑ってしまった。

 すると、妻がこちらをちらりと見たような気がした。
 自分の考えたことが読まれて微笑まれたような気がして、修一は照れ隠しのようにご飯茶碗を手に持った。


 こうして食べるには注意してこぼさないようにしないといけない。
 立っているのだからなおさらだ。
 こぼしたら床が汚れてしまう。テーブルではないから落としたら面倒だ。

 箸を慎重に使って口に運ぶ。
 すると、いつもとコメの味わいが違うような気がした。

 ゆっくり時間をかけて食事しろ、なんてよく言われるものだ。言われなくてもこんな風に食べるならそうする。





 「それだったらアタシは鯖カレーがよかったよ。」

 娘のイチ子が横から言った。
 横向きで食べながら注文をつける。

 もう高校生になって生意気になったものだ。妻とはいい勝負だ。
 背が大きくなって並んでも自分とほとんど変わらない。

 娘は今は制服こそ着てないが、よくこんな女子高生たちと昼に隣同士になることがある。
 昼時のハンバーガーを食べていると、娘と同じ年頃かと思って見てしまう。やはり立っていても修一と背丈が変わらない。

 まだ暖房も入ってないのにスウェットで薄着の娘は若いから寒さも感じないのだろう。
 あまり妻の若い頃とは似てない気がした。


 イチ子も立ったままご飯茶碗を片手に持って鯖の身をほじくっていた。
 娘は魚の皿は置いたまま器用に食べている。

 「西京漬けのカレーなんて聞いたことないよ。」

 「それがいいんじゃない。そういうのをB級グルメって言うのよパバ。」

 B級か。味わう前から格付けしてしまう前提の可笑しさに気が付いて修一は笑った。

 なかなか西京漬けも旨い。
 古い魚だなんて申し訳ないことを言った、そう思った。




 「ねえ。この漬物、よく漬かってると思ったけど、色だけね。」

 「どれ。うん、色はすごく漬かってるように見えるのになぁ。」

 箸に取って妻が見せた漬物を修一は観察した。
 お互いが近いから何かと食べているモノの話になる。

 妻が何をクチに運んでいるのか、その様子は正面からよく見えた。
 隣の娘の食事の気配は見ないでも感じられる。
 まるで自分も同時にそれを味わっているかのようだった。

 今度はイチ子が横で自分の西京漬けの身を見せた。

 「ほら、魚もちゃんと漬かってる色だよ。色と味は一致してるものでしょう?」

 西京漬けの黄色は何だっけ、クチナシだったか。修一はちょっと考えた。
 どこか新しい味わったことのないものを食べている感覚なのは立ったままだからか。

 「アタシの漬物はいい具合だけどな。」

 漬物を美味しそうに食べる娘は自分の若い頃よりも大人びている気がした。
 娘はすっかり成長した。無事に育ってくれてなによりだ。

 若い頃、自分は漬物を旨く思っただろうか。

 食べるものがみな目から近い。白菜の漬物はいつになく白く見える。
 正月の祝いが近づいてくる。




 修一は思った。
 今の娘のようにこぼしもせず、立ったままキレイに食事ができるのが自分が若い頃だったらできただろうか、と。

 よく娘は冷蔵庫を開けてアイスクリームを取り出している。
 取り出すとそのまま箱からスプーンで食べる。立ったままだ。
 そんな行動はごく普通なのだろうか。

 自分が歳を取ったからなのか、いつも若い連中に遅れている気にさせられる。


 「こういうのは久しぶりね。引越しの時以来かも。」

 妻が思い出したのはここに移った引越し祝いに盛り蕎麦を食べた時のことだろう。
 まだ荷物があちこちに散乱していたままで、出前の蕎麦を立ったままこのカウンターで食べたものだ。

 あれは実に旨かった記憶がある。
 薬味のネギとワサビが盛られた小皿をつつきながら、よく冷えた蕎麦はことのほか旨かった。
 忙しく食べたわけでもないのに、あっと言う間に平らげてしまった。
 立ったまま食べる独特の味わいがあった。

 「立ち食い蕎麦みたいだったよね。」

 あれは娘が高校の推薦を終えた時だったか。やはり年末だった。
 いつも年末に何かがある。


 そういえば立ち食い蕎麦も、なぜか隣の客の食べているものを味わっているような気になったものだ。
 自分がタヌキ蕎麦を食べていて、隣の客が天ぷら蕎麦を注文すると自分の蕎麦が天ぷら蕎麦になったような気がしたのだ。

 そのことを修一が話すと二人とも笑った。




 「随分と安上がりな天ぷら蕎麦ねぇ。まるでウナギの匂いでご飯食をべるような話。」

 「ああ、落語であった。そんなのがあったね。」

 「それは違うのよ、ママ。タヌキに化かされて天ぷら蕎麦になったの。」

 当を得たようにイチ子が言った。

 「うふふ。面白いわ。」

 イチ子は自分の洒落を褒められて嬉しそうだ。


 「でも。アタシは立ち食い蕎麦は入ったことないな。いつもお昼はマックにしちゃうもの。」

 「パパもだいたいはマックだけどね。よくこんな風に立って並んで食べてるよ。ウチの近所は昼どきはどこも混むから。」

 「立って食べると消化にはいいかも知れないわよね。」


 立って食べることになると、自分の居場所を作ろうとするところがある。座る場所がないと立ちながらその場所でなんとか落ち着こうとするものだ。

 こうして食べると食べるモノと自分が近い。
 どんなものを食べたかが鮮明になるものだと修一はつくづく思った。


 修一は足踏みをちょっとして伸びをした。
 足元から血流が上に昇ってくるのが分かった。

 足元をしっかり踏みしめて食べる。
 油断なく食べているのだ。



 「今な、もし大きな地震が来てもパパはお茶碗を持ったまま避難するな。」

 「そしたら避難先の炊き出しの匂いだけでそのご飯がイケちゃうわよ。うふふ。」

 妻が洒落で返した。
 自分にはどうにもこういう頭の回転がない。 修一は苦笑いした。


 「そう言えば、こうやって立って食べると味も変わるっものだって、ブログで書いてる人がいたよ。」

 イチ子が言った。

 「まあタマにはやってみるもんだね。」 修一もそれに同意した。

 「でも、その人ってゲイかも知れないのよ。ゲイのカップル。」

 「へえ、最近はそんなことって人に話すものなのかね。」

 「ハッキリと言わないけど、いつも勃ちっぱなしなんだって(笑)。」

 「こ、こら。」

 「パパ、LGBTよ。LGBTなんだから。」

 妻は娘の冗談に平然としている。何とも思わないらしい。
 子供だと思っていたらもうそんな話ができるようになったのか。

 自分がタチだとかネコだとか、娘が言い出さなきゃいいのだが、修一は思った。




 食後のお茶をもらっているとケータイが鳴った。

 「はい。そうですか。構いません。分かりました。例の教会のですね。ええ。すぐ増員に加わります。」

 「関連情報があったらしい。今夜は立ちっ放しで張り込むことになりそうだ。」

 家族にゆっくりできなかったことを侘びると、修一はソファのコートを取った。

 歳末特別警戒。

 それは担当の世田谷事件の連絡だった。
 世田谷一家殺害事件。
 統一教会の線が今年は浮上した。どんなことでも調べる価値はある。

 まだ数人の捜査員が諦めずにホシを追っていた。
 彼らはこの日を忘れてはいない。


 西暦二千年ちょうどの年の瀬の今日、十二月三十日の深夜のことだった。
 それから数十年もの間、修一たちは繰り返しこの日に何があったかを探し続けている。

 そしてこの年の瀬の同じ日、きっと何かが繰り返されると捜査員たちは考えていた。


 ホシは現場に戻ってくるものだ。
 そして必ずなぞるように同じことをする。
 同じ日に同じこともどこかでするかも知れない。


 年の瀬にはいつも何かが動く。
 誰であろうと、じっとしていられない気分になるはずなのだ。
 

【おしまい】


※ この物語はフィクションです。作中で描写される人物、出来事、登場人物は架空のものであり、土地、名前、人物、店、商品、法人とのいかなる類似あるいは一致も、全くの偶然で意図しないものです。






※ こんなブログでも、ちょっとしたことを思い出す人がいたらいい。
 もしかすると同じ日、似たことを別な場所で見るかも知れません。
 そんなことを期待してしまった。

 つい思ってしまうことです。

 歳末防犯。
 くれぐれも家の戸締りをして。


 枕元に脇差があればいい。
 キシむ音、忍び寄る音には目を覚ませ。
 家族を守るのだと思えば、そんな緊張も心地よい。


 よいお年をお迎えください。

 明日は追い込み、我が家は恒例の年末狂奏曲の始まりですwww(笑)。


おそまつ


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