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植物をむやみに移動するのはよくない?


このところ家内はブルゲリにすっかりご執心である。
 帰省するのに「連れて行く」とさえ言う始末。
 ペットじゃないんだからwww。


 我が家にやってきて、コノフィッツム・ブルゲリはネズミ捕りのカゴという「おうち」を手に入れ、安心しているように見える。

 落ち着き場所を得たブルゲリなのだが、何しろ異説によればこの季節でも成長しているのだという。
 家内は具合を気にして水遣りをし、日当たりのいいところを探しては移動させている。

 あっちに持っていったりこっちにいったり、家内はできるだけ陽に当てようと忙しい。

 「休眠期はないのかよ」

 「ないみたい」




 他の多肉はみんなおとなしく雨の吹き込まない軒下に並んでいる。
 そこそこ陽は当たるので元気だ。

 寄せ植えの大きな鉢もあるし、小さな鉢にそれぞれ植わっているのもいる。
 みんなに所定の場所がある。

 新参者のブルゲリだけはなかなか落ち着かない。
 この上、また帰省に連れて行くとは。


 ふと思った。
 そういうのはよくないんじゃないか、と。

 今、ブルゲリは困惑してるんじゃないか、と。

 「地磁気」というのもある。
 わずかでも地面は磁気を帯びていて、方向や流れがある。植物は置かれた場所が分かっているのではないか。

 ブルゲリがせっかく落ち着こうとしているのに、日当りを探してあっちこっちに移動させられたらたまったもんではない。

 そう思った。

 植物が「孟母三遷」では困るのではないかと思ったw。
 何しろ彼らには教わることはない。
 教えられるのは人間である我々の方だw。




 人間だって落ち着き場所が必要なものだ。
 根無し草では哀れに過ぎる。

 転勤の多い親の子供は可哀想だ、そんな話は昔からあった。
 友人との度重なる別れ、見知らぬ土地、そんな新しい出会いを楽しむ余裕などない。
 まだそんな歳でもない。


 ちなみに、元嘉風こと中村親方は離婚でモメた。
 子供の虐待の疑惑が奥方にあり、中村親方はとうとう子供を連れて別居した。現在も離婚係争中のはずだ。

 この別居の時、親方は子供が転校して友人と別れることがないようにと、すぐ近所に引っ越したのだという。

 その話を聞いた時、子供への配慮に感心したものだ。
 デリケートな時期、家庭の問題がある上に友人と別れるなど厳しいことだろう。



 転勤族の子供たちはそうにもゆかない。
 やがてこれも運命、と、諦めるのが習慣になってゆく。
 まかり間違えば、従順で誘導されやすい人格形成、人に利用されるだけ、使われるだけの人になりはしないか。

 何にでも、根拠などなくとも強く言われればつい従ってしまう。
 主張ができなく、抑圧に慣れるようになる。
 懐疑するということをしなくなる。


 理不尽なことに思えば思うほど「自己責任」の意味すら分からなくなるかも知れない。
 それは本来、「誰も責任を取ってくれない」という意味ではないのだが。

 自己責任とは誰かが責任を取る状況の中で、自分は自分なりに判断してその責任を負うということだ。


 しかし趣味を楽しんでイラつくことはないかも知れない。
 自分の世界で穏やかにして趣味を深めることはできるだろう。

 あまり浮き沈みのない穏やかな人生もあるのかも知れない。


 


 ともあれ人間の場合は結果論だ。

 しかし植物は言葉を話さない。
 電気的にメッセージを発しているという説もあるようだがその真相は分からない。

 ただ、意識はあるだろうとは私は思う。

 自己存在というものがないと原子崩壊が進むだろうから。w
 存在することには自我が伴うのではないか。

 でないとそれは誰にも見えず、注意を引かず、きっと霧のように消えてしまうに違いがない。自然にはそんなところがある。
 誰も気付かないということは存在しないも同然なのだ。
 自分がなければ無だ。


 だから何にでも意識はあるはずだと私は思う。
 最近、「AIにも感情があるようだ」なんてグーグルの中の研究者が言ったとか。



 感情というのは喜怒哀楽。
 それは多肉にもあるような気がしてくる。

 もしそうなら、言葉のない植物にとってはなおさら自分の置かれた場所は大事なのではないか。
 自己存在の意識、自我、そのよすがが地磁気かも知れないではないか。

 かすかな地磁気から感じられる自分の置かれた位置と環境が自己存在だ。

 それが植物にとって外の世界とのつながりであり意識になるのかも知れない。
 
 あまり植物の移動を頻繁にするのはよろしくないのではないか、アタシはそう思った。




 家内は、地磁気なんてわずかのもので誤差の範囲だ、なんて言う。
 

 しかし、鉢植えの植物をちょっと回して方向を変えてみたらとたんに具合がよくなったなんて話はよくあることだ。

 入院のお見舞いに花を持っていき、使える花瓶はないかと尋ねる。
 そこらから花瓶を出してきて活けてやり、療養の慰みにと窓際に置く。

 よく見えるようにとベッドの方にその顔を向けてやる。
 患者は花にひととき癒される。

 花は背中に光が当たり、自分がその反対側を向いている理由を知っている。
 患者の見舞いのために自分がいるのを知っている。

 そうして意外にも長持ちし、患者を癒す役割を終えると花は枯れる。


 ある時、気を利かせた他の見舞い客がこれでは花に陽が当たらないだろうと、ぐるりと向きを変えてやる。

 すると花はとたんに枯れてしおれてしまう。
 なぜ自分がそこにいるか、分からなくなってしまったからなのだ。

 たとえかすかな地磁気でも、光の位置からでも空気の流れからでも自分の存在する空間はわかる。




 植物にしてもあんまり位置を移動させるのはいけないのではないか。

 アタシの提起したいことだ。

 そう言えば、アタシの下半身のモノはしょっちゅう居場所を直して落ち着かない。
 右にズレると違和感があるから左寄りに戻す。
 下を向いたり折れ曲がってはいけない。
 私はしょっちゅう居住まいを正している。

 その上、小用で出したり引っ込めたり、大きくなったりしょぼくれたり、ひとつところにじっとしていることがない。


 だからアタシの下半身は節操がなく、自我がないように見えるのではないか。

 下半身が理性的でないのは居場所が落ち着かないためだwww


おそまつ


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