犬も歩けばゲシュタルト崩壊
「ゲシュタルト崩壊してしまう」ということ。
よくあることです(笑)。
昨日は「犬も歩く」って、話か分からなくなってしまった。
何度も考えたり繰り返して読んでみたり、考えたり、ずっと見つめているとおかしくなる。
色んなこと、当たり前に認識できていたことが普通に捉えられなくなります。
何のことやら意味がまるで分からなくなってしまう。
物事には色んな多面的な要素があります。
それは言葉や文章にも。
アタシたちは普段、「見たいモノ」を見ようとして他の角度からは見ないという視線の使い分けをしています。
それが「認識」ということだと言えます。
「犬」って言葉だって、「人間より劣っている犬コロ」というイメージもあれば「忠犬」なんてイメージもあります。
あるいはソフトバXクの犬とかwww。
「犬は棒が嫌い」そんなことが昔は言われました。
今聞けばきっと違和感があるでしょう。
振り返れば昔は犬がよく棒で叩かれたものでした。
野良犬が街を歩いていた時代です。
そんな野良犬を叩いて、異常な反応をして歯向かってくると狂犬病と判断したそうです。
狂犬病に警戒していた時代でした。そういう駆除業者もいた。
おかげで日本は狂犬病クリーンの国となりました。
ウクライナの自称難民がこっそり検査もせずに犬を持ち込んで、超法規的措置。
狂犬病の死亡率は百パーセントですが。
犬は棒を持っている人間と対峙すると敵だと思う、そんなことが言われました。
だから、昔は犬を見たら噛み付かれないよう棒を持たないように教えられたものですw。
これは当時の狂犬病に対する警戒感から流布された都市伝説でしょう。
「犬も歩けば棒に当たる」のは狂犬病だからか。
訳が分からなくなりますw。
こういう「ゲシュタルト崩壊」というのはれっきとした科学の定説です。
すると、先日にアタシが言ったこともまんざら冗談ではないことになりますw。
すなわち、XXX風の料理を作る時にはその場所の写真を見て作れば「らしくなる」ということ。
その場所の写真を見てから料理を作ってみるw。
作る前にボローニャの写真を見て作ればボロネーゼに、ミラノのドウォーモを見て作ればミラノ風になるwww。
トリノ、ナポリ、ローマでも、フィレンツェでも、ちょっとそこの写真を眺めてから作るとそれ風になるというお話(笑)。
ボロネーゼを作るのにセロリ? ミントの葉? ニンニクは?
麺は太麺? フェトチーネ?
ええっと、赤ワインはどうしましょう?
なーんて、細かくレシピを見比べているとゲシュタルト崩壊してしまいますw。
全体的に理解して受け止めるというのが「認識」というものです。
だから写真を眺めたりすればその認識、全体像をつなぎとめるのに役に立つかも知れません。
ボローニャの写真を見ることでミートソースではないボロネーゼが作れる、どうかw。
ものを考えたり捉えようとする時、あまり集中しすぎてはいけません。
「枝葉末節」にこだわり過ぎるのは禁物です。
怠けることも必要なこと。
力を抜くことも必要です。
ずっと見ていたり、同じことを考え続けているとおかしくなってしまう。
ある種のいい加減さ、余裕が必要ということです。
休みが必要です。
安息日が必要なのですw。
それをしないで、休むことなくひとつのことを考え続けても正常でいられた人たちが、「天才」として何らかの実績を残した人々なのかも知れません。
ニーチェは最後には発狂してしまいましたが(笑)。
しかし、そんな偉業を達成できるのはタマタマのことですw。
わざわざキXXガイになる危険を冒す必要もない。
我々の物事への認識というのは複合的なバランスの上に成り立っているものです。
意味を掴もうとして文字とその連なる言葉の連続を読み込むのであって、ひとつひとつの文字を認識した結果が「文章を読む」ということではありません。
個々の要素や全体の構成をまとめている認識のバランスが崩れないようにしないと、認識そのものが崩壊することがある。
そして認識するその主体は自分です。
すなわち、そんな認識のバランスを失ってしまうことは自我の崩壊にさえつながることがある。
ひょっとしたら、そこに「発狂」のメカニズムがあるかも知れません。
あるいは認知症の解明につながってゆく。
そんなヒントもありそうな気がします。
人生の黄昏期を迎え、振り返ったり回顧してゆくうち、瑣末なことが重要に思えてくることがあります。
咲いた花弁のひとつがとても気になる。
この世とのお別れの前とばかりに、よく見ておこうとつぶさに確認してみる。
しかし凝視していると訳がわかんなくなってくるw。
なんでこんなものが咲いているのか、なんでこんなものをキレイだなんて思ってきたか。
これは何だ。
どうして「50%」って書いてあるのか、5割り増し、増量? 50%の濃度?
「半額」という表示の意味が分からなくなる。半分になって高くなったように思えてしまう!www
「脂肪分ゼロ」ってその分スカスカってことじゃないか!
ハーゲンダッツは高い。アカギのアイスは安いw。
ならこっちはなぜ高い!w
矛盾や反論、疑問や異論が、これまで普通に見れていたもの全てに湧いてくるw。
そうして、やがて自分の存在そのものが疑わしくなってしまう。
自己が崩壊して戻れなくなる。
それが「痴呆のメカニズム」かも知れない。
ちょっとそんなことを思ったりもします。
痴呆症の原因には色んな説が言われます。
まだその原因は実はよく分かっていない。
ストレスからの逃避的という説もあります。
心理的な逃避からやがて自分を痴呆に追い込んでしまうという説。
そりゃあ人生には悔悟や後悔があります。
それが自らを追い込むのか。
あるいは物理的な脳内の現象、細かい損傷とか。
そんな説明もあります。
単純な老化説。
脳細胞は崩壊し続ける原子のようなものです。
だから? 逆にフレッシュではないのか?
私たちの体の細胞は代謝によって生まれ変わっていると言われます。
それが老化によって代謝が衰え、痴呆になるのでしょうか。
退行現象説。
墓に入ろうとするのは母親の胎内へ還ろうとするのと同じか。
脳も赤ん坊のように元の状態に戻って還る準備をしてしまう。
・・・痴呆症はこんな議論百出の状態ですから、「ゲシュタルト崩壊」にしてもひとつの仮説にはできるかも知れません。
しかし間違いなくバイデンは痴呆症とは思いますがw。
アメリカという国が黄昏の衰退期を迎え、嘘や捏造で世界を振り回しているつもりでいたら当事者である自分の存在が疑わしくなってきたとかw。
そんな痴呆症www(汗)。
今や彼らは自制するどころかエスカレートさせることしか考えてない。
一国の体制転覆を企図することはタブーだったはずですが最近は公然と言われるようになってきた。
「グローバリズム」の正体見たりw。
ダボス会議でジョージ・ソロスがプーチンについて使った言葉は、2018年のダボス会議で自身がトランプに言ったこととまるで同じだった。
狂った連中が世界破滅の後押しをしています。
「世界秩序」なんてものはなかった。
それは幻想でした。米国に都合のよい理屈がまかり通ってきただけに過ぎません。
「大量破壊兵器はなかった」
さて、ある図形を拡大してゆくと、そこには全体の相似形、同じパターンの模様が含まれているというものがあります。
際限なく拡大していっても、どこまでも同じパターンが続いているということが観察できる図形です。
どこまで拡大しても、あるいは縮小していっても、やはり同じパターンの特徴が見られます。
万華鏡のような模様。
部分が全体のパターンであり全体が部分のパターンを持っている図形です。
これを「フラクタル」なんて言います。
この図形自体は数学的に描画されたものですからそこには一定の規則性があります。
つまり数式で成立している完全に論理的な図形ということです。
こういうのは「ゲシュタルト崩壊」の真逆ではないか。
細かいところだけに注目しても全体を捉えられるからです。
それはとてもバランスの取れた、安定した状態ではないかとアタシは思うのです。
ゲシュタルト崩壊しない認識ができるとしたらどうか。
これは痴呆症治療にもつながるかも知れないとアタシは思います。
アタシはこれを応用して、今でも実際に参考にしていることがありますw。
これは、ここだけのお話www(笑)。
それは「市場の動きをフラクタルなものとして見る」ということです。
まず朝、NYダウ30種平均の前日の折れ線グラフを見てみます。
NYの方が東京市場より日付は遅れています。だからまず東方の我が国、日ノ本の国が最初の朝を迎えることになります。
この、前の日のNYのチャートを拡大して見てみる。
そして、その終了間際の30分ぐらいの動きに注目してみます。
この終了間際の時間帯というのは次の日本市場へと引き継ぐバイアスがかかっていることが多い。
世界市場でカネを回し、ロールオーバーやリバランスをしているプレーヤーがいるからです。
つまり、この30分間で描かれたチャートの上下の波動、ジグザグ運動はNYの東京市場を見据えた動きであり、翌日の東京市場へと引き継がれるはずだと考えるのです。
部分が全体であるように翌日の東京市場の丸一日の動きに近似してゆくのではないか。
東京市場の動きが前日の終了間際のNYの動きに収斂してゆくような、フラクタルのような現象が見られるのではないか。
そうすると日中の東京市場の動きを予測できる。
アタシはそんな風に使っています。
いや、割とマジですw。
よく「木を見たり森を見る」なんてことが言われます。
これは市場をゲシュタルト崩壊することなく見れる方法。
パニックになったり狼狽しないようにできる、と。
・・・どうかw。
しかしこれ、ナイショの話はアノネノネ♪ なのですw。
古っwww(笑)。
じくまであこせきにんでw。
※ まあ結局、フラクタル的に市場を考えて予測するというのはNYが主導する世界金融市場ということを前提としています。
これまではそれでよかったかも知れませんが、これからはどうなるか。
アメリカを中心とした世界ではなくなってしまうように思えるからです。
そうすると役に立たないのか・・・痛し痒しですw。
西側がやれば「差し押さえ」で、ロシアがやれば「略奪」ですか。
現在の状況はあまりにも露骨だから分かりやすいですが、これまでだってそんな世界だったのかも知れません。
出所不明の情報が多すぎて何が真実かどうかすら分からない。
とっくにアタシの中ではウクライナ紛争のゲシュタルトは崩壊している。
先日、釈放された重信はウクライナの戦闘に参加しに行っているゴロツキと同じです。
戦争がしたくて武器が扱いたかっただけのクズです。
短い人生をムダにしただけ。
ミサイルや砲撃が連中で足を吹き飛ばして降伏させて拘束し、ウクライナのロシア系住民がどう拷問されたか白状させねばいけないと思う。
アメリカと西側が焚きつけた「集団的ヘイト」は広がりを見せています。
しかし大衆を操作している副作用はある。
米国各地で起きている銃の乱射事件は当然の帰結だとアタシは思う。
