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昔は餃子はもっと地位が高かった


幼少期の頃、アタシは餃子は食べたことがありませんでした。

 毒親でしたから、そういう贅沢なものは食卓には出されなかった。
 アタシの母親は売女風情、股のゆるいビッチでもあったと思うw。
 子供の食事など気を遣うわけはありません。

 まあ、そのおかげで今は楽しく食事がいただけています。
 何でも楽しく、美味しくいただける。
 感謝するばかりですwww。

 餃子が贅沢?
 今なら違和感があるでしょうか。
 今の時代だったら軽いもの、たいした料理ではないイメージでしょうか。

 それでも、昔は餃子の地位はもっと高かったものです。

 チルド技術が発達し、日持ちするようになってから餃子は安くなりました。
 食卓に気軽に乗るようになりました。

 工業化に成功し製造ラインに乗るようになって、安いものがスーパーで売られるようになったのです。

 それまでは餃子を家庭の食卓で食べていた人は少なかったと思います。

 餃子はお店で食べるものでした。
 馬鹿高くはないけど、それなりのお値打ち感があった。




 アタシは一人で暮らすようになった頃からやっと餃子を食べるようになった。

 すごく安い餃子が売られていて喜んで食べたものです。
 振り返ればチルド技術が発達し始めた頃だったかも知れません。

 狭いアパートの、わずかひとつのコンロでアタシはひとり餃子を焼いて、ビールと一緒に楽しく味わったものです。


 何しろ餃子は本来は人がわざわざ手作業で作るものです。
 一個ずつ作る。

 中華料理屋でそんな光景が見れることもあります。
 客がいないまだ夕食前のヒマな時間、中で餃子をせっせと作っている。

 ひとつずつ手作り。だ
 から餃子は値打ちがあったのです。


 中華料理屋で、いくらヒマにあかせて作ってるとしても、やはりそれなりのメニューではあった。
 ニラが入ってたりニンニクが利いてたり、なかなか手の込んだものでした。
 そしてなにより餃子はナマモノです。

 だから、餃子を工業化するとなると別です。
 スーパーで製品として売るには賞味期限がある程度長い必要がありましたし、効率よく作れる必要がありました。

 手で作る餃子とスーパーの餃子は皮が違います。
 餃子も、なかなか工業化までの道のりは遠かったのです。




 今だからこそ発達した自動機械のおかげで餃子が安く食べられます。
 餃子を安い、気軽なものとみんな思っています。
 しかし昔はそれほど地位は低くなかった。

 それこそ、酔ったお父さんが「お土産に」と、餃子を折り詰めに持って帰ってきたぐらいだったw。
 寿司とまでは言いませんが、同じぐらいご馳走だった。
 土産にしたぐらいなんだから(笑)。


 中国人じゃないですから、皮から餃子を作ったり具を包むなんて作業はそうは出来ません。
 たまにやってみると楽しいものですがw。

 「餃子」というのは中央アジアから東アジアにかけて、とんでもないほどの広範囲で見られる食文化です。世界中で食べられているものです。

 チベットにもある。インドにもある。ネパールにも。
 中国はもちろんロシアにもブルガリアにも、インドネシアにだってあります。

 それだけの食文化の広がりはなかなか他の料理にはないかも知れません。
 なぜなのか。

 我が国では工業化のため、すっかり忘れてしまったことですが、餃子ってのは何か「おにぎり」のような温かさがあるのだと思います。

 人が心を込めて作ってくるものです。温かいココロが伝わります。
 そんなところがあるから餃子が好まれているかも知れないとアタシは思うのです。



 その昔、昭和の時代には餃子はご馳走でした。
 それが安くなって餃子は手軽なサイドメニューになりました。


 しかしこの変化は今に至るまでつながってゆきます。
 それは、我が国が人の仕事を軽んずるようになったということ。

 今は人手が低く見られています。
 資本の方が上になり、人の手というのが軽んじられています。

 「手作り」なんて昔はとてもありがたいものでした。
 今はその残滓ぐらいしかありません。
 いわく「すべて手作り!」なんて売り文句があるくらいです。

しかし、手作りするバイトやパートさんにちゃんと報酬が支払われているのか。

 それはないw。



 求人を見ればそういうことにすぐ気がつきます。

 「誰でも出来る作業です。」「初心者歓迎、簡単です。」
 いつもそんな文句が踊っている。

 簡単な仕事だから安く使うというわけです。
 誰でもできる作業なんだから安く使ってもいい、やる人は低い立場だ。
 そういう言い訳がある。

 我が国は教育水準も高く競争もあるはずなのに、なぜか仕事は水準を落とした「誰でも出来ます」なんて、そんな話ばかりなのです。

 馬鹿が人を使おうとするから水準の高い仕事をやられても困る、能率のあることをやってもらったら立場が逆になっちゃう?

 詐欺的な構造がバレる?ww

 それもあるでしょう。
 資本だけの馬鹿が人にタカっているというのもあるかも知れません(笑)。




 「誰でも出来る作業です。」
 しかし、まずそこには人手を安く買い叩こうという思惑があるのではないか。

 「誰でも出来るんだから、これぐらいしか払わないよ」と。
 そうやってピンハネすることが利益を産むことだと勘違いしている。

じゃあ、そうやってできたものはたいした付加価値じゃないんだwww(笑)。

 そんな自己矛盾に陥っていることに気がつかない。

 そうしてモノづくりが失われ、産業の空洞化は進んでゆきます。
 どうせ程度の低い仕事なら途上国に丸投げしてしまった方がもっと安上がりってことになる。

 人の食いモノにされたくないから誰もやらなくなる。

 管理も計画もできない。発想は貧困。
 ホワイトカラーの生産性は驚くほど低いままです。

 そうして為替をアテにして、我が国は未だに途上国のような産業構造のままです。
 円安で輸出競争力?
 自国通貨の価値が下がると喜ぶ妙な国です。
 政府も日銀でさえその程度の意識でしかありません。




 こういう認識が我が国の国力を貶めてきた。

 人が人の作り出すものに敬意を持たなくなった。
 自分さえよければと裏道ばかりを探し、結局は自分もまたその上流からピンハネされている。

 他人の価値に対しては対価を払おうとしないくせに、自分の権利が侵害されることには神経質。
 権威には弱く他人への敬意は疎か。

 著作権。
 違法コピーされれば騒ぎ立てる。
 実はそれ、名もない個人からパクってきたものなんですがwww。

 我が国が劣化してきたのは誰かのせいではありません。
 私たち日本人自身のせい。
 自らの強欲、怠慢のために国力を貶めてきたのです。




 これが習近平の言う「民主主義の欠陥」だとしたら、惨めなことです。

 自由や公正さ、透明性を犠牲にして支配される。
 中国はそんな奴隷制の国です。
 そんな奴隷制の国の方が自由主義や民主主義よりも上手く機能するのだと習近平は考えている。
 そんなこでいいんでしょうか。

 報道は歪み、真実は隠されています。情報は都合よく利用される。
 知られなければ大丈夫だと、何でも隠蔽される社会です。

 同じ仕事をしているのに一方には低い賃金しか払わない。
 彼は文句は言えません。そんな風に扱われていることを知らないんだから。


 人の臓器を売り買いして自分はコネがあるから安全と、舌を出す。
 そんな社会もあります。
 軽蔑と嘲笑に値するしかない社会では人への敬意など持てようがない。

 みんなそのことは分かっている。
 感じているのでしょう。

 だからそんな社会では人を小馬鹿にしようとする態度が目立ちます。
 先にマウントを取ろうとするから。先手必勝というわけw。

 意味不明の攻撃性が見られるものです。誰でも中国人に感じることです。

 我が国も今が正念場かも知れません。


おそまつ



 最近、餃子に関し、静かな変化が起きているような気がアタシはしています。

 ついこの前まで、「高級食パン」というのが雨後の筍のように乱立したのは記憶に新しいこと。
 「ドーナツ」、「スムージー」、「タピオカ」なんてのもりあました。
 「持ち帰り唐揚げ」というのもありました。
 この流れで、いよいよ餃子の番になっているのではないか。

 どうも、最近は巷で「持ち帰り高級餃子」がキテいるような気がするのですw。

 そんな流行の予感を感じるのはアタシだけでしょうか、どうか(笑)。


 餃子は、いよいよ復権を果たすのではないか!

 高級持ち帰り餃子!


めいしくおしあがれ







※ 餃子は水餃子で食べるのが本来だと言います。

 本場ではそれが一番のもの。ブルガリアでも水餃子でした。鳴戸親方が紹介していたのを見たことがあります。

 餃子を包んで水餃子にして食べる。
 余ったものは焼いて食べる。焼き餃子。

 まだ余ってたら油で揚げる。揚げ餃子。

 段階があるという話です。

 包みたてはスープに浮かべて楽しむというのが本来なんだとか。
 アタシも汁系は好きな方だからこれはいい。
 パクチーなんかが浮かんでます。

 もちろん、店では餃子専門店なんか昔からあります。
 鉄鍋餃子なんてのも流行った。でもあれは店です。

 でもやっぱりお店のものと持ち帰りで家庭で食べるものは違う感じがします。

 今でもスーパーなんかでは高い餃子はあります。
 肉がたっぷり、ニンニクのよく利いた餃子はある。
 あと一歩、それが「持ち帰り」になるとちょっと違ってくる。

 もし餃子の食卓での地位が復権するとすれば、持ち帰り餃子がブームになることではないか。

 今、すぐそこにキテいる気がしないでもない。

おそまつ

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母は戦前支那で暮らしていたので、子供の頃よく餃子を作ってくれました。その時は私も手伝いまして、そのお陰で今でも簡単に皮で包めます。ただ今の様な焼き餃子は一度も食べた事がなく、必ず水餃子でした。はじめて焼き餃子を見た時とても驚きました。


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