別れと見送り、それぞれの言葉のレシピ
【別れ】
※ 今回は意欲的な取り組みをしてみたつもり。
☆
「お疲れ様です」
・ああ、今日はもうお帰りですか。
明日はあなたがいないと動きません。よろしくお願いします。
感染拡大の状況もありますし我々も正念場です。
このところお疲れでしょうから、お気をつけください。
「ご苦労様」
・予定より長くかかりましたかね。疲れましたw?
ひとまずこれで終了です。
まだお若いんだから、頑張ってくださいネ。
・配達ご苦労様です。
中味が書いてないんじゃ開けないとわかりませんね、これ。
あ、印鑑じゃなくてサインでもいいですか?
【見送り】
「お世話になりました」
・色々と、すっかりご配慮いただいて感謝いたします。またお会いできれば。はい。
こんな時ですから大変でしょうが、どうぞお気をつけてお過ごしください。
機会があれば手紙でも書かせてもらいます。みなさんにもよろしくお伝えください。
「お世話様」
・あんがとね。軽くちゃちゃっとやってもらって、ホントよかったわ。お代はここ置いときますね。
さくらさんが見えたら、いいとこ教えてもらってよかったって、そう言っといて頂戴。
ヒロシもキーボーと来れたらよかったんだろうけど、もう服役して三年になるのねぇw。
「ご面倒でございました」
・この度は面倒をおかけして申し訳ありませんでした。
こちらは要領がわからず、お手間を取らせました。
貴重なご助言もいただき、感謝しております。
はい。これから整理の方はこちらでしますので。それでは失礼いたします。
「ご足労様です」
・本庁の方からいらっしゃると聞いてお待ちしておりました。
ガイシャは50代前半、死後1週間から10日は経っていると思われます。
まずは司法解剖の方をして死因の特定をするつもりですが、なぁにしろここは田舎なもんですからw、大学病院の方から今、専門の医者を呼んでいるところです。
あ、旅館を取らせていただいてますんで、まずはそちらへどうぞ。
【締め】
「結構なお手前でした」
・たいへんよいお茶会だったと思います。
主人の所作がキリッとしていることは大事。菊を模したお菓子もおいしゅうございました。染付の器も侘びた感じでした。
聞こえる琴の音も楽しく、これでヨキ、つまり斧があれば揃いましたなw。
またお呼びいただければ、時間があれば参らせてもらうつもりです。
【そして、】
「さよなら」
・ホントに、ホントにね~、怖い怖い映画でしたね~。みなさん、ハラハラ・ドキドキしましたね~、怖い怖い事件、いつも見られてましたね~はい。
そして影、影、影ですね~ シャワーに流されて流されて、血がくるくるくるくる、流れて流れて吸い込まれてゆくのが怖い怖いですね~はい。
排水溝から白い顔が覗いた場面。はい、もうお子さんお嬢ちゃんは怖い怖いでしたね~。
場面をキャメラさん撮さないで、想像させて想像させて、怖い、怖い、とっても怖い感じになりましたね~。はい。もう時間が来ましたネ。
来週またお会いしましょう。
サヨナラ。サヨナラ、サヨナラww(笑)。
もし言葉でレシピを作るなら、こんな風に出来上がりを見せるものかも知れませんw。
日本語の美しさと深さ、日本人の心の機微と言うのを改めて思った。
今回は脳に滲み入るような記事を目指してみたところwww(笑)。
誰もがつい思い浮かべてしまうような、ありそうな、でもなさそうでもあるw言葉のレシピw。
最後は淀川長治センセイの語り口にしてしまった。
やはり「さよなら」はそうはクチにできなくて、抵抗があるから。
・・・欝ポw。
「お別れ」はお互いに「じゃあね」とやる。
「見送り」もひとつの別れには違いがないけど、どちらかは残り一方は去ってゆく。
どちらもケジメをつけたり終わりを確認する。
わざわざ締めを宣言する「別れ」もある。言うなれば「場との別れ」だ。
客がいて主人がいるという「場」だ。
懐かしい振り返りのこと。
淀川センセイの語り口というのは、いつもこんな調子でした。
我々はテレビの前でつい微笑んでしまったものです。
子供の頃、アタシは映画が大好きで、淀川先生が来る試写会に行ってお会いしたことがありました。
確か「007・ムーンレイカー」の試写会だったと思います。
映画の開始前にセンセイが映画のご紹介、挨拶をされて、上映後にセンセイの講演でしたから、私たちと一緒にどこかに座って007を見ていたのかナw。
講演が終わってセンセイが演壇から降りてきたので、とても小柄なセンセイの前にアタシは歩み寄っておずおずとご挨拶をした。
すると淀川長治先生が握手してくれて、握ったらその手のフワフワとした柔らかい感触にアタシは驚いた覚えがあります。
その手はとても温かかったww。
「まぁーー、もうねぇ、ありがとう、ありがとうねぇ。映画は好き? はい、はいw(笑)。もっと楽しみましょうね。」なんて言ってくれたw。
彼がゲイだとはっきり聞いたのはずっと後になってからだけど、すぐに分かったwww。
小さな、小さな奇跡の積み重ねの毎日。
なのに、触れることも忘れ、見過ごしにしてしまう日常がある。
懺悔の日々、後悔の記憶から逃れようとするために。
もし、どんなに苦しいことだって奇跡のひとつだったと気付いたら、
そっとその手にとって思い出してやって。
過去の涙にさえ私たちは微笑むから。
歩んできた道を時には振り返ること。
これからの先にあるものをきっと信じられると思うから。
流れ星のように消えてゆく私たちの日々と命に対し、
捧げ銃。
敬礼。
まだ、まるで完全ではないのだけど、今回はちょっとした仕掛け。
推敲は足りない(笑)。酔候w。
読み終えて、今度は淀川センセイのところから上に遡って改めて見ていただくと、組み合わせたりできる気がする。するとこれは連続したドラマの断片ではなかったかと気が付く。
でもそのドラマは脳内で補完しないと姿を現さない。
そんな感じ。
何でも、何かしら別れたり見送りの場面が挟まれている。
人生やドラマはその繰り返しでもある。
そして、そんな別れが重なってひとつのドラマができていることに気が付いたら、、、。
どんなドラマをそこに見るのかしら、って。
なーんて考えたw。
もちろん、今回の趣旨は「別れの言葉のレシピ」には違いはないんだけど。
んーー、説明が上手くできたかなwww(笑)。
まあ解説なんてしちゃいけないのよね、ホントはw。
あなたの心には何が残りましたか?(笑)
おそまつ
