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絶品スープから味というのを考える

 アタシはスープが好きです。

 とにかく「汁モノ」が好きなの。
 食事の時にはクチの中、口腔が湿ってないと落ち着かないww(笑)。

 ご飯には味噌汁が欲しくなるし、パンを食べるならスープが欲しい。




 そうしてお約束のように汁モノをいただけばどうしたってスープの味には敏感になります。

 いつも同じ味では詰まらないし、料理に合う組み合わせを見付けたくなる。


 一方の家内は、彼女は味噌汁が好きではないらしく、乾いた食事、パサパサの献立も嫌わない。

 で、そんな家内に味噌汁を出すと一目瞭然です。

 旨かった時はペロリと汁を飲んでくれて、あまり旨くないと少し残してるから。
 「美味しいね」なんて言わない。
 言葉があまり出てこない。

 でも、全部キレイに食べてくれるとやっぱり嬉しい。




 こんな汁好きの私ですが、タイトルの「絶品のスープ」なんてことを考えると、結局はアタシの舌次第でしかないことに気付く。

 先日、絶品スープができんだけど、究極的にはアタシの感覚でしかない。


 というか、料理なんて自分の舌次第なのです。
 自分というものがまずあって、そして味がある。

 だからお料理の方法やテクニックより、まず美味しいものを味わえることが先決。

 「料理下手」なんて悩む前にまずそちらに目を向けるべきと思う。


 自分が美味しいという味覚が騙されてはいないか、ちゃんと自分の味覚が料理を捉えられているか、舌を使えているか、それ次第だということ。





 例えば、インスタントや添加物に慣れてしまうと単調な味以外は感じなくなります。
 旨味とかコクとか色んな騙しがある。

 今日はゴマタレの市販の冷やし中華にしたんだけど、驚くほど味が単調に感じた。
 こんなもんかな、という感じだった。

 こういう食事を続けていると、複雑な味のハーモニーや素材の組み合わせで出る旨味というのにピンとこなくなる。
 味を色んな面から捉えられなくなる。

 複雑な味の美味しさが分からなくなってしまうでしょう。


 これがてき面だというのがタイランドという国の事例。

 日本の「味の素」があの国に入って爆発的に普及してからというもの、ここ半世紀にわたってずっとタイの料理文化は劣化し続けています。


 もはやタイに行ったら屋台でもレストランでも、まず「味の素を使わないで」と頼まないといけないぐらい。

 そう言っておかないとタイらしい味はどこにもない。

 タイに観光旅行に行ってみたら食事にガッカリしたなんてことはよく聞く話です。


 彼ら自身がその判別がつかなくなってるのでしょう。

 どんな料理でも必ずと言っていいほど、あの味の素が感じられてしまう。




 要するに「味わい」というのはこちらの味覚がしっかりしているのも大事ということ。

 どんなに選りすぐった良いレシピを紹介されても、そのままレシピ通りに作ってもやはり感じるところは人によって違う。

 
 「料理なんて美味しければいい」、なんてよく言いますが、味覚という感覚がしゃんとしてないと「美味しいと感じること」そのものが気付かないうちに劣化しています。

 そうなると詰まらないもの。舌以外で説明がつくものばかりになってしまう。
 食べることに広がりがなく、言葉だけで足りてしまう。

つまり、

 「腹が減った」「食べた」「美味しかった」

これだけでしかない。
 残念でもったいない。




 「旨いもの」というのは、実は容易に想像したり言葉にできないものです。

 夢で味を感じることもないはずです。

 一度きり、どこかで食べて本当に美味しかったという経験をします。
 どんなに美味しくても暫くすれば忘れてしまう。

 そして何年も経って同じ店に行ってみる。あるいは暖簾分けした弟子がやってる店を偶然に訪れたりする。
 食べてみれば不思議と当時を思い出して、とたんに舌に記憶が甦ってくる。

 そんな話はあるものです。


 店の味が変わると、少なからずお客さん、常連客が去っていくものです。

 それは上手いか不味いか、良くなったのか悪くなったのかでもない。
 店はお金を払って食べるものです。
 だから同じでないと困るのです。


 あるいはよく、「オフクロの味」なんていうことが言われます。
 それが「言葉」で表現されるものだと思うと新婚の奥さんは悩む。

 「オフクロの味はこれだ」なんて、本当は言葉では説明はできない。
 だからそれを指定されても困る(笑)。

 本当においしいものは頭は関係ない。

 舌と胃袋が覚えているというだけ。





 今回の新型コロナの自覚症状では「味覚障害が出る」という話が伝えられています。

 コロナに感染した人々が苦しかったと訴えるのも、この「味覚を感じなくなった」ということ。

 人のQoLの大事なひとつなのかも知れません。


 しかしこれは逆にいい機会かも知れないとアタシは思う。

 このコロナを契機として自分の味覚というものがちゃんと機能しているかどうか、それを疑ってみるのも悪くない、アタシはそう思います。


 我が国の食文化にとってもよいことだと思います。
 コロナは何も悪いことばかりではないw。


 だから会食や外食の前に、まず自宅で「美味しく」食べようとすることですw。
 感染の危険だってありません。


おそまつ



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テーマ : 日々の暮らし
ジャンル : 日記

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