静物、心遣い、籠のリンゴ
リンゴが久しぶりに手に入りました。


☆
ひとつ50円でまだ色艶もいい真っ赤なリンゴです。
リンゴはよく食べる果物というわけではないですが、安ければ買います。食べてみれば美味しいと思う。
剥いてそのまま食べるよりはコンポートやジャム、リンゴパンなどにする方が好きです。
鶏肉が100グラムで40円なのですw。高いのでよく味わいたいと色々作りたくなる。
いくつか買って、その色が良かったからか嫁はテーブルの上に置きました。
小洒落たカゴを出して、そこにリンゴを載せた。
何気なくやったことだろうけど、それは「どうぞご自由に」なんて雰囲気があるように思えた。嫁は何も言わなかったけど。
心地よい気遣いのあるテーブル、それだけで気持ちのよいテーブルに思える。
別に、食べたければアタシはどこに置いてあっても取って食うんでしょうが、テーブルの上に置いてあると何か違う意味合いに感じます。
「もてなし」の気遣いとか、好きなとき取って食べてもいいという「豊かさ」とか。
しかし考えてみれば、カゴに置いてあるリンゴを手に取って齧るなんて、ここ何十年もやってないこと。
昔はそんなことを何度かしたかもしれない。
忘れているぐらいの記憶。
邪魔をした人の家で、ホテルの待合で、置いてあるリンゴを取って食べた。
今はもうミカンでもやらない。
決めた時間や食べようと決めた時だけ。「なんとなく食べものを口にする」ということはありません。
規律や節度という意識が優先してしまい、気侭にモノを食べるというのに罪悪感を感じるのです。
好き勝手、気侭に酒やタバコを嗜んでいるもんだから、どしたってそうなる(笑)。
悪徳の代償w。
ともあれ、こんなカゴに載せられたリンゴが心遣いの余韻を残しながら、暫くはウチの食卓を飾ることでしょう。
ふと、この籠のリンゴには別の意味があることにアタシは気がついた。
これを「静物」として捉えると、「存在として見る」という命題がテーブルに現れたことになる。
いつもの見慣れた筆入れや茶托、棗なんかの置いてあるテーブルにカゴに載ったリンゴが現れて、改めてテーブルの上を眺めるアタシ。
そういえば、昔、こんな風にテーブルに置いた果物のカゴを「静物画」として描いたものでした。
アタシという主体が、客体としてのテーブルに置かれた様々な果物や花、コップなんかを描くということ。
それは哲学的な問いかけ。
その対象物と自分が向き合うことだ、なーんて教育を受けたことがあります。
よくその存在物を見て感じ、自分の意識を使って自分に見えた「静物という存在」を描くということ。描くのは自分だけに見えるもの。
古来から多くの画家たちもそんな絵を残してきました。
あれは別に絵の具を使いたかったからではないw。絵を描く楽しみのためでもない。
存在というものを捉えることとは何か、その哲学的な自問です。
アタシにはテーブルの上の籠のリンゴが一枚の絵になってゆく気がした。

そうしてアタシがそんな静物画を描いていたアトリエ教室で、ボインwの素敵なセンセイが後ろについてくれた振り返りのこと。
女のセンセイは、後ろからアタシの描いているところを覗き込んで一緒に果物を見てくれた。
果物の甘い匂いを感じながらアタシはセンセイを近くに感じる。
アタシの背中越しに話しかけてくるセンセイの息遣いが耳元に当たり、子供のアタシは幸福感で一杯になった。
白い厚手のセーターを着て、胸の大きな女らしい人だった。
その肉感的な暖かみにアタシは包まれた。
それはまだ性的興奮さえ知らぬ幼い頃のこと。
広い教室のアトリエで二人、ヤカンのかかった石油ストーブが小さく音を立てていた。
静物は止まっているようでいて実は確かに動いています。
タイムラスプ、つまりカメラを低位置に置いたままにして連続撮影する。後で高速再生して見ることを想像すれば分かります。
時間とともにリンゴの色が変わり、腐敗さえしてゆくでしょう。
止まっているように思えるものでも存在は形を変え、時間とともに変化してゆきます。
アタシはそれをどんな目で見たらいいのか。
昔、ガラスの文鎮を集めていた頃に聞いたことがあるのですが、ガラスというのは実はゆっくりと溶けているのだとか。
ながーーーーい、長い時間をかけて、ガラスは元の姿に戻ろうと溶けてゆくのだ、と。
それが本当の話かどうかより、アタシはとても魅力的な話だと思ったw(笑)。
我々が塵へとなって消えてしまうのに対して、ガラスの文鎮は静かにゆっくりと溶けてゆく。儚いのはアタシら人間だけでもない。事物も変化している。
今という現在は身じろぎもしないほどしっかりそこにあるように見えて、実は途方もない時間の中ではすべてが変化し、無常のどこかへと動いてゆく。

久しぶりのリンゴの赤さは何か特別なものをアタシにくれたようだった。
たまにはリンゴを買ってみるのもいい。
もっと安くしてくれwww(笑)。
おそまつ
