ロイヤル・ストレート・フラッシュ「クイーン」
まさに彼女はスーパーのイートインコーナーの女王でした。
結構な年齢だとは思いますが、行動は若い。いつも帽子を目深にかぶっていました。
快活で元気な人です。
彼女は同じスーパーに毎日来ているように見えました。
やってくるゲストたちをねぎらい、引き合わせたり世間話をし、女王のように振る舞っていました。
その振る舞いと帽子。だから「クイーン」ですw。
彼女は惣菜や弁当をほとんど定価で買って食べているようでした。
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最初は嫁の帽子を見て話しかけられました。エースと同じように(笑)。
色んな常連に声をかけているので、私たちもお眼鏡に止まったというわけです
それから私たちも顔が合えば会釈なんかするようになりました。
話しかけられたこともありました。
「いつも二人で仲がいいね」なんて。
悪い人ではないでしょう。
左巻きです(笑)。
どこかの福祉センターで自分の編み物の作品を出しているなんて言っていました。
ゾンビのうちでも、直接はっきりとお喋りをした人は彼女だけです。
おそらくほとんど毎日、彼女はフードコートで食事をしていました。
惣菜の弁当、惣菜、フライ、彼女はお金がある。
しかしその目的は?
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彼女にはボーイフレンドがいたのでした。
どこか嘱託か何か、天下りのようなことをしているのか、とある老紳士が彼女のお目当てでした。
きちんとした背広で、スーパーを通って手ぶらで帰ってくるその紳士をクイーンは毎日のように待っていたのです。
きっと偶然を装って彼の帰りをスーパーで待ち、二人でゲームセンターで遊ぶようなデートをしていたのでしょう。
それが分かったのは、ある日、彼女が私の視線を避けるようにしてコソッと階段の影に隠れたのを見たときです。
私は知らんフリをしてそのまま嫁と通り過ぎ、買い物をしました。
会計を済ませて帰ろうとすると、さっきのそばの柱のあたりに、老紳士とクイーンが仲睦まじく手を繋いでいるのが見えました。
我々と顔見知りになり会釈をするようになっても、クイーンはしょっちゅうスーパーに足を運んでいるホントウの理由を知られたくはなかったのでしょう。
特に男の私には。
「老いらくの恋」というものでしょうかw。
クイーンがこっそりと老紳士と連れ立って隣のゲームセンターに消えていくのを何度か私は目撃しています。
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先日、消えたと思っていたクイーンに遭遇しました。
会ったのはまるで方向の違う離れたところのスーパーのイートインでした。
コロナ騒ぎからイートインで見かけなくなり、やはり危険厨かと思っていたのですが、先日、彼女は別なスーパーに現れたのです。
私は後姿しか見ていないので分かりませんでした。
彼女は嫁を見かけると小さな声で「お久しぶり」なんて言ったそうです。
そう言われて見ても、私には彼女かどうか見分けがつきませんでした。
なにしろ洋服のセンスがまるで違っていたのです。
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服の趣味から帽子から、まるで以前とは違っていました。
あの服装は例の老紳士に合わせたものだったのでしょう。
私は酒を飲み終わるとそのまま静かに嫁とイートインを出ました。
クイーンは私の方には決して振り向こうとはしませんでした。
むこうを向いて帽子を取ったクイーンの頭は薄く、すっかり老婆のようでした。
コロナの影響なのか、恋に破れたということかも知れません。
