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町の変容、変化はシーソーゲーム

 買うこと、消費には色んな選択肢があります。
 豊かな時代です。

 スーパーは農家と契約し、野菜類をまとめて買っています。野菜もそうですが魚なんかもそうです。魚は市場を経由せず組合なんかから直接買い付けています。
 卵を契約しているスーパーもあります。
 価格が安定しているように見えますがスーパーはたいていは少し割高です。

 相場が安いのに相変わらずの値段だったり。
 こういう契約はスーパー側だけのメリットでしかないように思えます。

 日照が足りなくて野菜が高くても、契約農家で野菜があまり高くない時があります。
 スーパーで買うのはせいぜいそんな時ぐらいです。

 八百屋さんの野菜は相場ものです。市場のその日の変動で値段は変わります。
 八百屋さんは値段も鮮度もスーパーに負けていません。
 相場や旬に沿ったものであればとても安いのです。

 どこも高ければ、露地売りの野菜という手もあります。
 農家が直売なんかをしています。
 それでも高い、いつもの値段と違うときは、冷凍の野菜があります。

 消費者にとって、調達先が色々選べることはありがたい。


 昭和の時代、スーパーが出店するというので各地で反対運動が起きました。
 「消費者の選択肢がなくなる」と訴え、大規模店舗ができると地元の商店街が潰れてしまうと各地で反対が起きました。
 そんな反対運動の話は学校の教科書にも載りました。

 スーパー建設予定地の前で商店主たちの座り込みがあったりしました。
 ハチマキをして八百屋さんや肉屋さんがスーパーの出店に反対しました。
 「生活が奪われる」と抗議をしました。

 今思えばあれは多分に嘘が多かったと思います。
 地元商店街や店主らがスーパーに補償費をタカるためでしかありませんでした。
 全国的にそれをやった。
 だから商店街がひとつにまとまることはなく、結局、補償費を貰ったとたんに閉店してしまったり、店舗を飲食店に貸すようになったりしました。

 皮肉にも反対運動で掲げていた建前の通りに商店街がなくなってしまいました。
 魚屋さんも肉屋さんも市場に出入りできるというのでスーパーに雇われていきました。お店はなくなりました。
 残ったのは花屋さんと八百屋さんぐらいでした。


 こうした商店街というのは、実は戦後、あちこちに商圏を作って地元経済を活性化させようということで行われた国策でできたものです。
 昔ながらの城下町や門前町、宿場町というものはありましたが、どこも昔ながらの商売が中心でした。
 駅前を中心にしてケーキ屋さん、豆腐屋さん、手芸店、酒屋、薬屋、時計店、色んな消費の選択肢を作ることで経済を回そうとしたのでした。
 大規模団地を計画すればするで、またそこに入居してもらう商店主が募集されたりしたものです。

 こうして一角の主になった人々は分譲されたり募集に応募してきた人々でした。
 その土地ではなく、わざわざ離れた遠くの地方から声をかけて連れてくる場合もありました。
 農家の三男や次男といった人々が一旗あげようと遠くから移住してきたのでした。
 土地を継ぐことはない、フラフラと遊んでいるような三男坊を一族がまともな職業に就かせようと応募させました。
 こうして商店街というものを全国各地に作ったのです。

 彼らは田舎は別、出身は別の場合もありましたから、地元では共通語を話すようになります。
 日本で郷土意識が薄まっていったのはテレビ以前にこうした国策があったことによります。

 そうした人々は地域社会を支える役割を担いました。
 野球チームを作ったり、地域活動に協力したり、商店街は地域社会のまとまりの要のようににも見えました。
 地元の権利者とも言える人々は、だから「地元商店街が危ない」という建前を掲げて大規模スーパーの出店に反対したのです。


 しかし考えてみれば当たり前の話ですが、スーパーに「規模の利益がある」なんて話になるはずはなかったのです。
 扱う商品が小さくて少量ですから、経済原則からすれば間違った話でした。

 スーパーは安くない。
 まとめ買いができるというだけです。
 結局、政府が地元にスーパーの出店を認めるようになったことは別な効果を生みました。
 無駄な出費が増えたのです。


 スーパーで買う方が安いものは大量仕入れのできるもの。メーカーが大量生産しているものだけです。
 痛みにくいもの腐らないもの、調味料、レトルト食品です。

 昭和にレトルト食品やインスタント食品が氾濫するようになったのも、スーパーからの供給があればこそでした。
 冷凍のコロッケなど、冷凍の惣菜が食卓に氾濫するようになったのも、やはりスーパーからの影響でした。小規模な店舗はそんな大きな冷蔵設備は持てなかったからです。
 

 一方で、スーパーで買い物をする人たちの方は割高でもいわばアミューズメント的にスーパーでの買い物を楽しむようになってゆきました。
 家族が連れ立ってスーパーへ出かけます。
 近年なら、駐車場が無料だとドライブが家族連れででかけるスタイルが顕著です。

 家族で休日に連れ立ってクルマで買い出しをします。
 歩いたり運動はしなくなりました。
 クルマで出かけてばかりで運動不足、ジムで体力づくりをして健康は志向していますw。


 そんなライフスタイルが注目されるようになると、大規模店舗も郊外に目を向けるようになります。
 クルマで出かけるのだから郊外でよい。土地費用も安い。地元商店街の反対運動も起きないと出店計画が盛んになります。

 あちこちにショッピングモールができます。
 それを「人の流れが変わってしまう」などと、遠く離れた商店街が反対しても無理がありました。

 消費は急速にネットへシフトしてゆきますが、アミューズメントとしての買い物は需要がありました。
 しかしそれは大量消費ではありません。無駄な買い物はガソリン代と相殺され、期待されたほどの利益にはなりません。

 郊外型大規模店舗は人が集まりながらその割にはあまり売り上げが立ちません
 しかし、大規模モールや店舗の出店計画はそうそう簡単に撤回できるものではありません。


そして新型コロナウィルス。
 今は人の密集は避けられます。
 運動不足解消のジムもなかなか営業できません。
 ジムのメニューも変わりました。

 最近は外食をしなくなったものだからスーパーから半額品が少なくなりました。
 なかなか半額品はありません。
 これまでどれだけモノが売れず、廃棄が多かったことかがよく分かります。

 ビニール袋が有料になって、小さなビニール袋の必要が逆に増しています。小さいビニールはカルシウム原料のものでないのでむしろ環境には悪いのですが。

 コロナ感染が進み、消毒液の設置も必須になりました。
 巨大なモールは維持費も莫大です。

 一定規模の売り上げがなければ痛みは大きい。
 大きければ大きいほど動きは鈍い。
 彼らの選択できる道は少ない。


 コロナに対応してゆく新たな世界。
 これまでのことが大きく変化してゆきます。一度消えた選択肢は戻ることはありません。
 
 選択肢を多くし、舵を機敏に動かすことができなければ先は見えています。


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