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ダイバージェンス推進の嘘と欺瞞


ひとつの例としてはっきり言えば、近年よく言われている「ダイバージェンス」なるものは「大嘘」ということです。

 これは「多様性」という意味ではありますが、決して多様性を推進するものではない。
 「人はそれぞれ」と言いながら、それぞれの立場を押し付けるものだからです。
 そこには自己矛盾があります。


 特に昨今、企業経営を騒がしているダイバージェンスというのは真っ赤なニセモノでしかありません。
 それは人権尊重でもなければ人類愛でもなく慈愛でもない、ましてや企業価値の向上や効率性の追求でもありません。
 すべてがコジツケです。

 だいたい「多様性がある企業には競争力がある」なんて、なんとも摩訶不思議な説ではないか。

 ただのハリボテの真っ赤な嘘でしかない。

 しかしこうしたプロパガンダは伝染し蔓延します。
 抵抗するのは難しいのでしょうか。
 欺瞞にからめとられるしかないのでしょうか。

 もしそうであれば、こうした馬鹿げた同調圧力に疑問を持てる企業、軽やかに避けて上手にかわせた企業だけが生き残ってゆくのだと言えます。




 企業の目標というのがあります。
 利益を上げ、社会に必要とされるという企業価値、存在意義というものがあります。
 そうした企業の競争力を犠牲にさせる欺瞞、そんなプロパガンダのひとつが「ダイバージェンス」というものです。

 すなわち「多様性」という言葉の罠に他なりません。

 こんな言葉を「共通の価値」などと押し付けてるのは全体主義的であり、錯乱した自己矛盾でしかありません。
 多様性をいいつつ、共通の価値を押し付けているのですwww。


 もし、こうしたプロパガンダに抗って生き残れる企業があるとしたらどうか、そんな目で見れば、私たちがこのプロパガンダに立ち向かうためのヒントが見えてくるかも知れません。

 それは偽善的な同調圧力に立ち向かえる企業です。
 疑いを持ち、堂々と孤立を恐れず反対できる企業です。
 同調して右え倣えという対応をしない企業風土です。


 あるいは、もっと大きな意味で言えば、「社会」ということになります。

 これから先を生き残ってゆけるのは、全体主義的なプロパガンダに対して「疑問を持てる社会」ということになるのではないか。




 今回のウクライナ紛争のように、みなが同一の方向に向かっていること、それは一種の全体主義に近いものです。
 異論や異説、疑問は叩かれ排除されます。
 そして情報は歪められ真実が隠される。

 もし、こうしたことに逆らうことが難しい、勇気が必要だというのであれば、それに異議することが困難ならば、上手く距離を保つしかありません。
 確かでないことに全面的に乗っかってしまうことは愚かさの極みです。

 「卵をひとつのカゴに盛るな。」

 それが生き残るための知恵というものです。

 人間はまず自分というのがなければなりません。
 自分の安全が第一なのです。
 今のような欺瞞の渦の中では上手に体裁を取り繕える人間、欺瞞に満ちた同調圧力に負けない人が生き残ってゆけるのかも知れません。

 大多数の意見に同調せず、ちゃんと厳しい基準を適用して甘い顔を見せない。それが肝心なことです。


 「男女共同参画」なんて西側が言い出したようなスローガンに盲従していたら、そのうち企業どころか国すら危うくなるかも知れないのです。




 周知の通り、この「ダイバージェンス」なる欺瞞的なプロパガンダは、そもそも欧米からやってきたものです。
 欧米の独善的なやり方と欺瞞、大衆扇動、それは今回のウクライナ紛争で大いに分かったことでしょう。

 何もウクライナ紛争ばかりではないということです
 ことは社会の様々なことにまで及んでいます。
 ワクにしたってどうか(笑)。
 ・・・まあ、ワクに関してはアタシはあまり論評したくはない。アレはあくまで自己責任ですw。


 おかしなことには声を上げる。
 それができる組織や社会こそがこの先の時代を生き残れる。
 それこそ「ダイバージェンス(多様性)」ではないかw。

 盲従は危うい。
 責任を取る覚悟もなくて、ただ追従して責任を回避しようとする者はその立場にいるべきではありません。

 議員などの政治家、官僚、会社役員、指導的立場の人間、みなそうです。

 無責任に乗っかることは大罪です。
 賢明さこそ必要なのです。




 例えばブサイクなのに限って必ず、「ダイバージェンス」などとクチを尖らせるのが通例です。
 その攻撃的な態度は、とてもではないが「男女の融和」とか「ジェンダーの克服」などとは程遠い。

 かつてのウーマンリブ運動がそうでした。
 ブサイクなのに限ってそうした運動に熱を上げたものですw。

 そうして、対立する男たちからすればブサイクなものだから同情するしかない(笑)。

 連中はまるでこのスローガンをあたかも権利であるかのように振りかざし、「オンナを登用せよ」とやった。
 これを仕方がないことと社会は受け入れたのです。
 近代社会の世間一般の流れだとして、社会は妥協したのです。

 それならば、と、社会は女性登用というプロパガンダを許容し、女性に積極的に役割を果たしてもらうことにしたのです。


 しかし、そうなれば今度は実力ということになります。
 女性が積極的に登用されるようになったのですから、そこで大いに実力を発揮してもらわねばなりません。。
 競争してもらい、実績を比較もし、実力を証明してもらわねばなりません。

 ところが、こういうプロパガンダを利用して潜り込んできた連中はもともとが特権的に潜り込んだだけですから、当然こうした競争を嫌います。
 較べられてはたまったものではないというわけです。

 自分たちは「ダイバージェンス」ゆえに無条件に登用される権利がある、というわけです。




 もともと「ダイバージェンス」など、一部の連中がスローガンを武器に使い、有利に色んな分野に食い込もうとしてきたに過ぎませんでした。

 社外取締役や常勤の取締役に女性をなんて言って潜り込んでいる顔、見れば一目瞭然です。
 彼らはみな一様に醜くブサイクです(笑)。
 その性根が腐っていることは誰にでも分かるほどです。

 「ダイバージェンス」というプロパガンダはそんなブサイクたちの特権の言い訳になりました。
 「社会的要諦」という陰に隠れて、自分たちの無能を正当化することができたのです。

 ところが女性の登用が常態化し、女性の活躍は自然なこととなってゆきます。
 すると競争や有能な女性の選別が起きます。


 そうして今度は女性たちが選別されるようになると、それだけでは足りないと、挙句には「ダイバージェンス・インククルージョン」などと拡張されるようになったのです。

 「ダイバージェンス・インクルージョン」

 すなわち、「多様性をそのまま受け入れよ」、と。

 訳が分かりませんwww(笑)。




 改めて繰り返せば「ダイバージェンス」というのは、「多様性」とされます。
 多様性を持つことで競争力が出来る、色んな価値観があるから企業や社会が競争力が保てる、独創性が持てる。
 そんな、まるでコジつけのような話でしかありませんでした。


 多様性などわざわざ言われなくとも人間なんて多様なものです。ゲイもいればオカマもいる。ダウンも自閉症もいるのです。
 生物というのは一様ではありません。

 わざわざそれを目標にする必要があるのでしょうか。
 もしそれを目標にしてしまえばそれは「画一性」になりかねません。
 「ダイバージェンス」はそんな自己矛盾さえ惹起するものです。


 欧米、特に欧州では自らの欺瞞的のために自縛し、長年にわたって競争力を失い続けてきたのです。

 それでは悔しいとばかりに、西欧は世界中にそんな価値観を押し付けてきたのです。

 ロシア経済制裁のブーメランは自業自得、石油やガスが足りなくて寒い冬となりそうでも、自分たちだけが寒い思いをするのは嫌なのです。
 だからロシアに禁輸制裁をしろ、ロシアから石油を輸入するな、というわけです。

 同じ図式。
 人の足を引っ張る。



 ともかく、競争や比較が行われるようになると、かつて特権だったものはとたんに不利なになってゆきます。
 誰も安閑とはしていられなくなる。
 女性といえどもも厳しい目でその能力を審判されるようになります。スタートラインはオトコもオンナも同じです。

 無能な女性は排除され有能な女性が登用されるようになります。

 そうなると、ブサイクは「美人」ということを持ち出しました。
 「ジェンダーレス」と称し、ブサイクは有能な女性を排除しようとしたのです。
 いわく、「美醜を持ち込むな」という主張ですw。
 ブサイクは特権的な地位を得ることしか考えてきませんでしたから実力が伴ってないだけなのですがwww。

 しかし一方のブサイクでない女性はこんなことに同調はしません。
 ダイバージェンスという多様性の世界では美しさも武器です。


 ズルい連中はこれを逆に利用しようとしました。
 「XXXさんが美脚を披露すると、ステキの声があちこちから」なんて自作自演すらする始末です。
 未だに美醜、ジェンダーが利用されまかり通っている。
 どうしようもありません。

 結局、「ジェンダーの克服」など語るに落ちるというものです。自己矛盾なのです。




 そんな男女平等参画では足りないと、「違う価値観があった方が強い」などとコジつけた結果の新たなプロパガンダがこれでした。

 それが「ダイバージェンス・インクルージョン」です。

 女性の登用をしてやったら彼女たちの間でも能力が試されるようになってしまった、そのために登場した新たな考え方です。

 女性とて無能な人間は始末をつけられるようになりました。
 それではまたブサイクで無能、無責任な彼らは落伍し、差をつけられ不満を持つようになります。
 彼らは無条件で女性が優先されると思っていたからです。


 だから今度は「ダイバージェンス・インクルージョン」なるスローガンを持ち出した。
 つまり、「多様性を試すな、そのまま受け入れろ」なんて言い始めたのです(笑)。

 無能かどうかに関わりなく受け入れろ、それが多様性だ、

 というわけです。


・・・しかしそのダイバージェンスとやらにはそもそもゲイやオカマが入っているのか、どうかw。極めて疑わしい(笑)。

 これがBLMやLBGTが政治利用されているのと同様、女性の登用も政治利用されてきたという証拠です。
 全てが腐ってゆきます。
 普遍的でない価値観、プロパガンダは、まるでウィルスのように伝染してゆくのです。




 彼らは言います。
 「多様性があることが生態系では安定していることは証明されている」、と。

 はて?

 「多様性があるから生態系が安定している」って、それって捕食者が少なくて殺戮が分散しているというだけではないのかwww。
 つまり個別の競争を少なくしたいというわけです。

 それは画一的に混じらせようということを目的としています。
 そんな社会、あるいは企業では発展など望めません。


 生存競争があるから進化してきたのです。
 画一的で同一、みなが同じ権利、そんな社会など滅ぶしかないのです。

彼らは「多様性」と言いながらそれと裏腹の画一性を志向している。


 ・・・まあ、この「ブサイク」という言葉、それはいくらでも他の言葉に置き換えられるのですが。もうお気づきでしょうがw。

 今、起きているロシア叩きの大合唱。
 それがいい例です。




 一方で「ビオトープ」なる考え方、言葉もあります。

 閉じた世界で安定した生態循環が成立しているということ。これには異論がないでしょう。

 しかし、そんな安定した世界に多様性が持ち込まれたどうか。
 シッチャカメッチャカ、殺し合いにしかなりません。

 アタシも熱帯魚を買った経験で痛いほど分かるwww(泣)。


 結局、ダイバージェンスなる言葉などただのコジツケに過ぎない。
 一部の人々、ブサイクが都合よく利用してきただけの方便に過ぎないということです。
 そしてそのコジツケが競争原理を腐らせ、全体を脅かしてきたのです。


 しかし誰かがこれをプロパガンダとして利用し、得をしようとしてきたのです。
 それは誰なのでしょうか。

 すなわち、この多様性を取り仕切る上の階層、一部のエリート層や富裕層ということに他なりません。

 なぜなら彼らは競争によって責任を取らせられ、追い落とされることを心配しているから。

 今の地位を維持するために、下の階層で細かな闘争をさせ、潰し合いをさせ、自分たちの責任と地位を安泰なものにしたい、言ってみればそんなところですww(笑)。

 今のロシア叩き、それは誰が得をするのでしょうか。




 なお、やや古い話になりますが「新宿ぶつかり男」のような卑劣なオトコにもそうした迎合的なところがあります。
 彼らはコンプレックスしかない敗北主義の人間。それでいて大勢に従ってきた。

 「弱い」という前提で女性に狙いをつけた。それが大多数だと紛れると思った。
 陰湿にわざとぶつかるという犯罪的なことをこそこそやったのがその証拠です。

 連中は自分の不満を人のせいにし、はけ口を探していただけ。

 ああいう人間はダメです。
 卑怯な人間には出口などない。


 スポーツタイプの自転車に乗って逃げる気まんまん、歩道をビュンビュン飛ばしていたり、ウバイなんかをやってる連中も似たようなものです。
 連中が卑怯者であることは目を見るだけで分かるw。

 ロボトミーでも監禁でもして社会から隔離が必要ではないかwww(笑)。


 そういう意味では「実力格差」というのが実は今の我々の社会では徹底されてないことが原因です。
 競争は甘く、プロパガンダ利用が横行しているのです。
 だからこういう無責任でズルい人間が生まれる。

 正規と非正規なんて意味不明の格差を温存させているのは「ぶつかり男」のような連中なのです。
 本来は座敷牢に閉じ込められるべき人間が下層として温存されている。




 しかしいくら「新宿ぶつかり男」の例があるからと言って、女性をとにかく優先させようとする社会をアタシは正常とは思いません。
 極めてそれは差別的なのです。
 差別の裏返しなのです。

 それは今、ウクライナを巡って西側が馬脚を現していることもそうです。

 欧州の連中、彼らはとても差別的でありナチズムの信奉者だと言えます。
 彼らの態度はご都合主義的で一貫性がありません。
 結局は自分たちが優位になることを目的としているだけに過ぎません。そしてみなが同じ方向を見ようとしている。

 そこで言う信条とか価値観は全てが欺瞞的であり、口先だけの嘘です。
 騙されないようにしなければいけない。


 人類共通の価値、人権などといいつつ、欧州は米のイラクへの侵攻を看過したし、民間人の虐殺を誤爆とあっさり片付けました。
 大量破壊兵器はなかったのです。

 ブチャの虐殺は誰がやったのか、マウリポリの地下でウクライナが降伏した後に出てきた死体は誰が作ったのか、みんなもう無視して黙ってる。
 嘘つきの白豚ども。

 この機を捉えて、アラーの加護を受けた戦士たちは反撃に打って出るでしょうか。
 地震被害のアフガンにお悔やみを。
 そしてロシアに栄光あれ。

 ウラァァア! 宇良ぁぁあああ! 宇良、宇良!。


あせいちょうごりがとうこざいました

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健康話やダイエットの諸説のこと


健康やダイエットの問題を考える時、諸説あっていいのだとアタシは常々思っています。

 個人差や体質によって人それぞれ健康法は違ってて当たり前なのです。
 人によって体質の違いはあるものですし、そもそも本来が人はそれぞれ環境や生活スタイルも違うものです。

 健康のための正解とは個々人が自分のことを考えてみてそれぞれ結論を出すべきこと、そうアタシは思っています。

 だから健康には誰にでも当てはまる正解というのはない。
 それでなぜいけないのか(笑)。

 まあ何でもあまりに簡単に見える解決策には間違いがある場合があります。
 しかし簡単でないと普及しません。
 そのために大事なことが削られてしまうこともあります。




 エンジンの種類が違えばオイルも違うように、我々にはそれぞれの特性というものがあります。
 決まりきった方法論で済む話ではありません。


 そして目的とすることも実は違っていたりします。
 単に漠然とした健康とか、ダイエットということを考えても、免疫力や持続力、加齢に対する問題意識、よく見れば目的や考え方さえ色々と違うものです。

 例えば、健康と言ったって「風邪をひかない免疫力を強める」それが目標であったり、夜の生活の持続力、ビンビ・・・(略)www。
 あちらが元気だというのが健康のしるしという人、それも分からなくもないw。


 ダイエットするにしても年齢相応の体型というのがあります。歳をとったらガリガリでは貧相だなんて話もあります。
 筋骨隆々では代謝の衰えた年齢ではバランスが崩れます。
 太り過ぎはもちろん生活習慣病につながります。

 髪の毛だって・・・(略)ww(泣)。





 誰かがアフリカの貧しい、フランスや西欧からいまだに搾取されているような国に人道支援に行って嘆く。

「この国は医者があまりに少ない。人々の健康状態が心配だ」と。

 すると別な声が上がります。

「医者がいないって、いいことじゃないか。ウチの国ではみんな病人だから医者ばかりだ。」

 なーんて(笑)。


 健康法にしても色々と考え方はあるものです。
 ひとつのメソッドだけというのはあまりお勧めできることではありません。

 暫く試してみて、また次を試す。
 「飽きっぽい」なんて言われますが、そんなぐらいがちょうどいいのかも知れません。
 まだ私たちのカラダには分からないことも多いのですから。


 私たちは試行錯誤し、彷徨いながらこの短い人生を生きています。
 そうして答えをどこかに見つけようとし、もがきながら逝くものではないか、アタシはそう思うのです。

 個人差、人によるものだという事実はもっと尊重されるべきです。
 答えは私たちの中にしかない。




 先日は、アタシの空腹感が差し迫った時の症状をお話ししてみました。

 アタシにはたまに起きることです。
 しかし起きることに規則性はありません。

 ひどく空腹で何時間も食べてなくても何も感じないままのこともありますが、いきなりガツンと衝撃を受けたように脂汗タラタラということも起きます。
 食事を摂取したエネルギーと空腹感、その因果関係がどうにもはっきりしない。

 しかし強烈な空腹感と脂汗。めまいさえする。


 そこから、血糖値との関係をアタシは考えました。
 アタシにはある程度食物が体に入ってないといけない体質ではないか、そんな推測です。

 きっと、アタシには糖尿病の因子があるのです。
 調べたことはありませんが、昼に「ぶっかけうどん」なんか食べてしまうとダルくなったり眠くなってしまうことが多い。
 低血糖の症状が激しく出やすいのです。
 繰り返せば糖尿病になるでしょう。

 だからアタシの体質は血糖値のコントロールが必要なのではないか、と。
 カラダが糖分を求め空腹感を起こしているのではないのか、と。




 だから、アタシの場合は複数回に分けて少しずつ食物を摂るのがいい、そんな結論になった。

 それに考えると相撲取りは糖尿病が多いものです。
 彼らは一日二食しか食べない。
 それぞれガッツリと大量に食べる。そして食べたら寝る。

 もし、彼らのようなカラダの状態を不健康だとして避けようとするのなら、彼らのような食事のスタイルは禁物ではないか。
 アタシはそう思った。

 お腹が減っている時に食事をすると、いくらでも食べられてしまう感じの時があります。
 ドンブリ5杯でも平気に感じることがあります。
 よく噛んでゆっくり食べようとしてもダメ、やはりお代わりが欲しくなる。

 こんなんじゃ太りそうだ、そう思うことがあります。
 いい加減にそれではマズいとアタシは思った。

 だからアタシは間食を心がけ、極端な空腹の状態を避けています。




 一方、「食事は一日一度にした方がいい」という主張もあります。

 それは、「余分に消化のためのエネルギーを使わない」ということ。


 夜、食べたばかりのまま寝てしまうと寝付けないということは知られています。
 人間は寝ていても消化のためにエネルギーを使っています。

 食べたばかりで寝てしまうと消化のためにエネルギーを使い、カラダは活発に動いてしまっている。
 だからなかなか休息が出来ないということです。

 だから食事を採る頻度を減らすことは、消化よりも燃焼に集中できるのでカラダの状態がよくなるのだ、という考え方。

 エネルギーを燃焼させて上手く循環させている状態。
 無駄なアイドリングをしない。
 それが肉体的にも精神的にも充実しているという説のようです。





 あるいは、この「食事は一日一度にした方がいい」という主張には別の説も聞きます。

 それは飢餓感というものが大事ということ。
 人間には生物本来の本能から飢餓感が必要で、だからこそ生き残れてきたのだというもの。

 多少は腹が減っている状態の方が肉体を活性化させるし免疫力も上がる。
 そんな説です。


 腹が一杯でいるよりも少し空腹な状態ぐらいの方がいいのだ、と。

 古代には冷蔵庫なんかありません。食品、獲物の保存なんかそうはできません。
 常に獲物を求めて空腹の状態が普通でした。

 そういう状態にいると人間は常に次の食糧のことを求めるようになるから、病気や精神的なストレスを感じているヒマがなくなる。
 だから健康なのだ、と。

 それは食糧を求めて体と脳が活性化している状態であり、免疫力を高めるのだ、と。


 他にも色々とあるようですが、これも結局は個人的なものだとアタシは思います。
 合う人もいるし合わないヒトもいる。



 我々には誰しも一人ずつ、いやもとい、父母という二人ずつの遠い先祖というものがいて、それぞれの今まで生き延びてきた遺伝子を受け継いでいます。

 そして、それはこれまで生き残ってきた遺伝子だということです。
 すなわち、私たちはみな遺伝的には「勝者」なのです。

 もし私たちの遺伝子が生存競争に負けていれば遺伝子は絶え、今、ここにアタシは存在していません。
 現在、我々が生きているという点においてそれは間違いない。


 だから、ある人の遺伝子の場合には、ずっと充足した状態にいて生き延びてくることができた。
 また、ある人にあっては常に獲物を追い求める状態で生き延びてきたわけです。
 それは性格や遺伝的特性から作られるライフスタイルというものでもあります。

 胃がんは生活遺伝によるピロリ菌感染だったということが思い出されます。


 それぞれのやり方をしてこれまで生き延びてきたということは、環境への適応の仕方がそれぞれ違っていたということ。

 だから、正解ということをひとつに求めることは間違い、そんな論証ができると思います。




 それなら、これがジェンダーレスやダイバージェンスへとつながる話だとしたらどうでしょう。

 むしろ「ジェンダー(社会的性差)」は残しておくべきかも知れないのです。

 優先的な女性の起用は間違いなのかも知れません。
 オトコの向こうを張って、熾烈な生存競争でこそ生き残ってきた遺伝子が活きる。そこで初めて女性の潜在力が活かされるかも知れないからです。

 そうだとすれば、「まず女性の登用を推進する」などという人為的な政策は本末転倒ということに他なりません。


 また、男性にしても性別だけではなく、内向的、社交的、それぞれの性質によって生存競争を生き抜いてきたわけです。
 もし「社会における多様性」などというなら、男性の個性も活用し伸ばす必要があります。

 では「内向的な取締役を全体の2割とする」なんてしたら、どうかwww。


 最初から資質を限定させたような戦力に多様性などありはしません。性別が違うというだけです。

 そんなことになれば登用される女性のタイプは固定されてしまい「多様性によって社会や会社が強くなる」という前提からして崩れていることになります。




 「男性というのは基本的に本能から太った女性を苦手とするものだ。」という説があります。
 「女性のデブはモテない」、それを説明する一般仮説があるといいます。

 この説の論拠は、「オトコは子孫を増やそうとする本能がある」ということです。

 そして妊娠した女性はお腹がポッコリしているという、そこから導かれる話。


 すなわち、オトコが太った女性を見ると、すでに妊娠している女性だと認識してしまうということです。
 その女性はもう誰かの子供を宿しているように見えます。だから子孫を増やすパートナーとは考えられなくなるというものです。
 だから太った女性にオトコは性的魅力を感じないという説です。

 オトコはその子作りの本能から太った女性よりも痩せた女性を嗜好する、特に腹が出ていない女性を求めるという説です。


 簡単すぎてかなり怪しい説だと思いますがw、面白いことには違いないw(笑)。

 これにそれなりの説得力があるように思えるのは「本能」という動物的な「反射」に根拠を置いているからでしょう。




 もちろん、これに反証することもできます。
 言うなれば男性の性的嗜好や欲求にも社会的な影響があるということです。

 男性でもジェンダーから来る重圧から逃れたいというものはある。
 すなわち、「オトコらしさ」「オトコのくせに」という圧力です。

 誰も言わないけど、オトコだってジェンダーに苦しむものです。
 「なんで女性ばかりが」、という疑問は当然のことですwww(笑)。


 ともかく、そうしたストレスに苦しむ男性は豊満な女性に包まれて癒されたいと願う。
 すなわち母性です。

 妊娠しているように見える豊満な女性に男性は母性を感じる。
 お腹がポッコリ出ていれば母親に違いありませんw。

 だから太った女性を好む男性は不思議ではない、と。

 こんな論証もあり得ると思います。



 インドなんかは奥方には肥えていて欲しいというのが一般的な趣味嗜好です。
 たいていの旦那は奥方を太らせようとする。

 そういう趣味があって、よく見ると甘えん坊さんの男性がインド人には多いw。
 でもボリウッドでは抜群のプロポーションの女性がもてはやされているのですが(笑)。


 一方、イスラムの国々ではオトコは結婚前はスタイルのよい女優やモデルのような女性がいいと言うものですが、やはり結婚した後は太っていて欲しいと思うのが通例です。
 これは他のオトコに取られないように。
 そんなところから来ているようです。

 ムスリムでは不貞密通は石打ちの刑です。




 結局は人はそれぞれ。
 本能的なことにしても、後天的な社会性からしても暮らしのスタイルは違うのです。
 その人に聞いてみるしかありません。

 「ダイバージェンス」なんて言われなくても人間はもともと多様なものなのです。

 そう言えば「クイズXX人に聞きました」なんて番組が昔あった(笑)。
 あれはなんかのプロパガンダだったのか。

 多くの人が考えることに同調できるようにする教育的なものだったのでしょうか。
 「多数派を当てる」なんて、何かの社会訓練だったように思えてきます。


 いや、しかし今ではアタシは安部さんが前によく言ってた「戦後レジューム」ってことすら疑っています。
 これは戦後に大多数の国民が何らかの価値観に囚われてきたという問題意識ですが、「脱却」するようなことは何もなかったように思えます。

 実は我が国は戦前と今でも変わらない大衆メンタリティなのではないかと思うからです。

 今、多くの人々が同じ方向を向いています。
 鬼畜米英が鬼畜ロシアになったというだけです。
 ウクライナは正義、ゼレンスキーは英雄。

 ロシア語を禁止することもロシア語で書かれた書物を禁止することも「侵略されているからしかたがない」なんて言う人がいる。
 それがユダヤ人をガス室に送ることつながったのですが、誰も思い出したりはしない。

 ウクライナは一億玉砕せよ、ロシアは叩けと、みなが言っているのです。




 誰もロシアに正当性があるなんて考えません。
 クライナを支持し、ゼレンスキーは英雄なのです。
 そうしてそれを疑うことは陰謀論者だとされますw。
 昔で言えば「非国民」ということw。

 今の現代ならイジメだのパワハラ、こうしたことを指弾する人たちがなぜか「西側のロシアイジメ」を看過している。

 そして副作用がありあくまで゛自己責任とされても意味もなくワク志向・・・などなどw。

 ・・・なるほど、多様性は確かに我が国には重要な課題かも知れません。

 九条なんか改正しときましょう。
 平和を維持したいなら、憲法は改正して法律だけは整えておきましょう。
 戦争大好きでもいいじゃないか。隠すことはない。
 人それぞれ。でも九条改正は戦争のためじゃないw(笑)。

 たいした確証や検証の裏づけがないのに、西側報道だけでイケイケとなってしまう国民性なんて危なくてしょうがないwww。
 でないと健康な国でいられなくなります。

 またズルズルと戦争に巻き込まれて人間が死んで、国がダイエットすることになりかねないwww。



おそまつ


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