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幼少期の虐待被害 .2


・・・

 「幼少期に暴力を受けた者は暴力に走る」という説がある。
 アタシも自分でよくよく考えて、そういう傾向がどうしても嫁との間にあったと思う。それはとても反省して後悔していること。それでも今の嫁はいてくれている。思い出すと泣きたくなる。
 結局はそういう幼少期に受けたことの意味が曖昧なままだと、巡り巡ってひどいことの連鎖が止まらないということってのはある。
 そしてまた救えないことが起きたりもする。
 時間を懸命に耐えて、なんとかやり過ごせばきっとそういう暴力的な傾向は抑えられる。頑張るの。必ずその向けてしまう怒りをコントロールできると信じて。



・・・
 でも、そういう記憶というか傷というのは、性的被害でも同じように引きずっているものなの。
 その幼少期に受けたことが曖昧なままだと、人生のずっと後になってから被害者は「今の自分の性的な嗜好はあの頃の出来事に影響を受けているんじゃないか」とか思う。
 そして、「本当は自分は実はどんな自分なんだろう」って悩んでしまうことになる。

 ところが、その悩みに対する社会の目というのは好奇の目でしかないのよ。
 それが問題ということなの。

 それもひとつの性のマイノリティ。
 ただし、まだ誰も気がついてないということ。



・・・
 こういうことは男性も女性も変わらないという点で、よく言う「性犯罪被害」という言い方とは区別されるべきだと思う。一番大きなのは「幼少期っていう」部分。
 ところがこういうことはすごく目が向けられてない。


 例えばね、すごく典型的な話だけど、「女教師が未成年の男の子と性的な関係を持った」ということで時々逮捕されたりする。ニュースが出る。
 アメリカばかりでなくて、最近は日本でもあったりする。
 たまに報道されたりネットに流れるでしょ。

 「美人女教師が男子生徒を誘惑してホテルに連れ込んだ」、とか。
 年上の女性から未成年が性的関係を迫られてしまった、とか。
 こういうのを誰でも聞いたことあるでしょ。

 すると、これにたいていの男どもが言うの。
 「なんて羨ましい!」って。
 「俺もあやかりたい!」なんてね。

 こういう点でオトコって実に馬鹿なのよね(笑)。
 まあ、かくいうアタシだってそうだった。正直、そんなニュースを聞くと「そんなことが自分にもあったらよかったのに」なーんて思ったりすることがあった。

 その上、アメリカなんかの場合だと顔写真なんかが出てたりするから、ネットで見るとそれがすごい美人でスタイル抜群の女性教師だったりするわけ。
 そうなるともう男たちはため息よね(笑)。
 ほとんどの男が、つい、そういう反応をしてしまうの。

 「なんて羨ましい!」って。
 でも、それはホントは違うのよね。


 その「被害に遭った子」っていうのは、まだ恋愛のハウツーも知らない、キスどころか乳房への憧れさえまだ曖昧なままの微妙な年頃の時期なのよ。
 色んな恋の駆け引きさえわかっていない未熟な年頃なわけ。
 そんな子が年上の女に「誘惑」されて、性的関係に結びついたとして、それで本人はどう感じると思う?
 アタシたちのようなオッサンどもがムリクリ遡って夢想するような甘いものでは決してないの。
 よく思い出せばいいのよ。
 アタシだって結構図々しくてエロガキで、常に年上への関心というのはあったんだけど、何度かそういうチャンスがあっても、やっぱり逃げ出してしまったものよ。
 

 とまどいと困惑、揺れる気持ちと、
 そして反面、「年上にいいように、なすがままにされた」という絶望的な恐怖。
 オモチャにされたという劣等感。


 いい?

 アタシたちは大人でオッサンで、もう手遅れの頭の薄くなりつつある連中だからそんなことを無責任に考えてしまう。
 幼少期の虐待という事実は、アタシたちみたいな「いい年をした連中の振り返りの過去仮定」の話なんかじゃなくて、その年頃の子たちが現在進行形で生きていた、その年頃の事件だってことなのよ。

 それはアタシたちが振り返り的に「ああ、若い時に年上のお姉さんにこってりとヤラれたらよかったのに」なんて考えたりするような淡い妄想とか甘い願望、変態チックな想像なんかでは決してない。
 リアリティをもって、必ずどこかに自分のモノとは違う傷を残すものなの。


 彼らにとっては、そこにある現実だったわけ。
 それは途方もないぐらいアタシたち大人とは感覚が違うものなのよ。
 それがアタシたち大人にはわからないってことが問題なの。
 社会がそういう被害者の阻害された気持ちを全く分かろうとしてないってことが問題なのよ。


・・・
 それから考えれば、同じようにLGBT運動とか、LBGT運動とか、名前までわざわざハヤらせようとしてなんかの勢力にまとめようとしてるけど、それはおいておいても、やっぱり未だに、アタシたちはいい加減で無責任な先入観を言っているだけのレベルだってことなのよ。

 LGBT運動するって言うならちょっとは考えたらどうなのか、そしてこのことを少しだけよく考えてみると、一体にこの「性的マイノリティ」ってどういうことなのかが分かってくる。

 前にも言ったけど、彼らは何もお尻の穴をさらけ出す必要なんかないじゃない?ごく秘められたことをわざわざ世間に理解してもらう必要だってない。



・・・
 馬鹿な話はいくらでもある。


 ああ、君はホモなのか? だとしたら男湯なんてまさに天国じゃないか!
 もし俺がに生まれ変わったら絶対にレズビアンになってサウナを堪能するね!
 バイってなら異性とも同姓とも浮気の疑いを向けられるよね?
 性転換したらやっぱり女性用?男性用?それとも真ん中用?

なーんて、挙げればいくらでもそういう先入観の発言なんか出てくる。
 まったく。
 小噺じゃないんだから。


 こういうことはどうしたら直せるのかしら?
 どうしたらこういうことに社会が無神経でないようになるのかしらね。

 少なくともそれは、LGBTを集めて、「並べ、お前らがどっちなのか調べてやる」なんて言う民主党や共産党、自称リベラレルどもが装っているジェノサイドにつながるような工作では解決しやしないわよ。「差別されてる」なんて、その人々を集めようってこと自体が異常なことなのよ。

 でも社会の馬鹿な先入観はなんとかしないといけない。

 でもなぜ?
 「それで傷つく」から?
 こんな小噺みたいな言葉を聞いて傷つく?

 どうかしら。
 ちょっと考えてみて。



・・・
 他にも考えるため、わかりやすい例を挙げてみましょうか?

 MILFなーんて、今時のハヤりになっちゃったって何度か書いたことあるんだけど、アレなんかだって恥を晒せばアタシを含めて、いい年をしたオッサンが秘かに喜んでいるものなのね。
 普通なら、「オッサンなら若い女だろう」と思うでしょ?
 あの「和歌山のドンファン」みたいな例よね(笑)。
 ところが実態としては最近は割とそうじゃないの。

 それこそ世界的なことだと思うんだけど、わざわざいい年してハゲかけたオッサンたちが「熟女がいい」とか思ってるわけ。
 自分よりとにかく年寄りってわけじゃなくて、「妙齢の女性」ということ。

 もちろんアタシもそういうところが少なからずあります。
 だから、これはもう、そういうものはあると断言しちゃうわ。
 そして今は、「空前の熟女ブーム」なんだそうよ。


 それはやっぱり高齢化社会ってことがあるんだと思うんだけど、その考察は別な機会に譲るとして、結局はこういうことっていうのは今を生きるオッサンたちだけのもので、決して若い子のものではないということなのよ。
 描かれているのは若い男と熟女でも、買い手はオッサンなの。
 そういうオッサンたちは、「自分が若い頃に年上の女性教師にイタズラされてたら」、なーんて妄想に耽ってハアハアして喜ぶ。


 だったら、これと実際に被害に遭った子と、こういうシチュ話は違ってて、話を一緒にすべきではないというのはわかるわよね。大人として。
 つまり、「羨ましいことでもなんでもない」ことなのよ。
 そういうシチュがオッサンは好みなだってだけなんだから。

 
・・・
 他にも、「ショタ」とか「オネショタ」ってのがあるでしょ。
 ああいうものを求める嗜好というのもある。
 あれはオッサンの被レイプ願望みたいなものだけど、実際にレイプされた男の子はどう感じてるか、どう扱われるかってこと。

 それはショタなんて甘いものではなくて完全なレイプよね。

 やられた方はどんなものであったにせよ、年上の異性からの絶対的なチカラによってその場で組み敷かれ、強制的に発情させられ、感じさせられたわけ。

 「ショタ」とか「オネショタ」なんて、そういう妄想は汚いオッサンどもの「子供時代に帰りたい」ってぐらいの稚拙な願望に過ぎないのよ。
 それは、いい大人が年をとってから見つけた楽しみなわけであって、だから実際にそのぐらいの年齢の子がやられたら全然違うものなの。

 そこを社会は区別できてる?

 物語と現実をちゃんと区別できてるかしら?
 どうもそうではないようよね。



・・・
 一方では女教師に誘惑されたりイタズラされた男子生徒ってのは、やっぱり性的に大きな影響を受けてしまったりするわけ。
 それに対する社会の真っ先の反応ってのが、いま言ったように、大人たちの目線で「羨ましい」とか「あやかりたい」でしょ?

 そりゃ阻害され、孤独で苦しまないわけがないわよね。


 男の子が美人女教師に誘惑された、なーんて話が伝わりでもしようものなら、「おい、お前はいい目をみたようだな、どうだったか聞かせろよ」ってなるわけじゃない?
 たとえ被害に遭った男の子が恐怖を感じたところがあったとしても、社会からは好奇と羨望の眼差しで迎えられるわけ。「いい思いをしたなぁ」って。
 そんなのってある?

・・・
 「俺はゲイです」と飲み会でカミングアウトすると、そこにいた女や男が一斉に好奇心丸出しにして、「それってどうやってヤルの?」とか無神経にも聞いてくるアレと同じ。
 それだって別に悪気はないのよね。でも同じこと。
 まさにその好奇の目と同じもの。

 いくらこういうLGBTとか言って、「性的なことでの先入観を少しでもなくそう」なんてって言っててもね。言う方も胡散臭くて別なことを考えてる。

 それになかなか、「幼少期の虐待被害者」には届かない。


 LGBTが政治利用される理由って、その最も一番の理由ってのは「まだ社会が慣れていない」からでしょ。
 そういう意味ではいくら今、LGBT運動が社会的に注目されたとしても、やっぱりこういう人たちまでは救えないのかしらね。
 とても不幸なことだと思う。


・・・
 この社会ってのは、よくも悪くもまだ男性が強くリードしている社会。
 だから、逆に女性がイタズラや虐待をされると、それでどんなに傷ついたろうとか心配したり配慮することはできるようにはなった。
 ケアもするようになった。
 もうレイプされたぐらいで女は死んだりしない。逆に殺しちゃえばいいぐらい。


 でも、男の子がそういう被害に遭ってしまって、どんだけ悩んでしまうような影響を受けることになっているかまで、そこまではとても考えが及ばない状態でしょ。

 結局、社会は好奇の目線しか向けないわけ。

 実はそういうこと。
 これこそLGBT絡みの悩みの根本にあることって、「社会から彼らが受けている目線」というものじゃない?。
 みんなそれで悩んでいるんじゃないの?
 特別扱いされたり、安倍氏ね勢力に取り込まれたいわけじゃない。
 「そっとしておいてくれ」ってことじゃないの?


 でもこういう幼少期の性的被害者に関しては、まだまるで目が向けられてないわよね。
 それはずっと先のことなのかしら。



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LGBTでは救えない人々 .1

最近、LBGTって言うでしょ。

 L=レタス、B=ベーコン、G=グリュイエールチーズ、T=トマト。

 あら?
 なにやらちゃんと合うじゃないww。
 いかにもおいしそうね。


・・・
 そんな冗談はさておき、こういう人々をことごとくグループに分け、群れに振り分けようとすること、これはそれ自体がとても危険なことだと思う。
 こういうことは時には必要だとしても、よほど慎重にやらなければならないことだし、それこそ右翼だ左翼だネトウヨだって人の主張を決め付けることよりもっとデリケートなこと。

 だってこの本質は、誰も知らないプライベートの「性的」なことなんだから。

 それを今のように、まるで何かの「ムーブメント」みたいに軽々しく扱っていることは、とても怖いことだと思う。
 それを先導してやっているというのが独裁と虐殺、専制政治大好きの立憲民主や日本共産党だっていうんだからこれは二重に怖いことだと思うのよね。


 だったらせいぜい、ハンバーガーの具の話にでもすり替えちゃって、誤魔化しちゃったらいいというのが目下のアタシの持論というわけ。


 まあ、最近のこういう政治利用についてはとても怒りを持っていて、もう過去記事で書いたことだから、もしこのLBGTの問題に興味がある人は隣のボタンで検索してみてください。「LBGT」で検索ww。
 え? LGBTじゃないか?って、どーでもいいのよそんなこと。
 言葉をそうやっていかにも定義すること自体が怪しいのよ。



・・・
 で、今日の記事はそんな馬鹿どもを嘲笑する話かというと、残念ながら深刻な話になってしまう。
 「LGBTという今の言い方や使い方があんまりよくないとしても、そこには少しは意味があるとしても、実はそれでも救えない人がいる」ってことを書きたいと思うの。

 「救う」って言う言葉は「掬う」という言い方をしてもいいぐらい。
 「金魚すくい」の「掬い」ね。
 だから、「どうしても取りこぼされてしまう人たちがいる」ってニュアンスもある。



 その人々っていうのは、「性的な虐待を幼少期に受けて影響されてしまった人たち」のこと。
 「性的な趣味嗜好」っていうのは後天的にも振れるもので、幼少期の経験でも動いてしまうものでしょ。
 それが子供の頃のイタズラやレイプなどで、大きく影響を受けてしまう。

 何かの事件をキッカケにして、本人が自分を見失ってしまうほど趣味嗜好が変わってしまう。そして、後になってこれは自分にとっては自然な欲求ではないのではないか、自分はどこへいったんだろうと深く考え込んでしまう人たちがいるわけ。

 レイプやイタズラをされてその犯人は逮捕され、その子の名誉は守られ、犯人処罰によって慰謝されたとしても、どっかしら狂ってしまった歯車を見るように自分に悩んでしまう人がいるということなの。

 特に幼少期に被害を受けた人にあるのね。



・・・
 単にこれを「性的な虐待の被害者」と言っても、言葉としてはそれほど間違いではないんだけど、実はこれはなかなか深い問題なわけ。

 こういう被害に遭ったとして、そのことを慰めたり色んなトラウマから解放してあげることはできるかも知れない。
 でも、それでもどっかしら影響を受けてしまった部分というのは必ずあって、それが本人に深刻な影を落とすようになることがある。

 なにしろ解放されたり解決しても、その悪夢の「いい部分」や「よかった部分」までは人間は消そうとはしないものだから。
 自分の傷が慰謝されたとしても、イタズラされたという記憶、衝撃の一部は残ったまま本人に影響を与え続けるということになるの。
 一度ついた傷は完全には消去できないってことになる。
 「ストックホルム・シンドローム」の仮説が成立してしまうことになるわけ。


 人にとっては悪い記憶というか、「被害」という部分はたいてい消したり否定はできるものなんだけど、それがどんなに悪夢であったとしても、「よい部分」はなかなか消せない。
 案外と犯人となごんでいたとか、犯人から乱暴を受けて快感が得られてしまったとか、気持ちよくなってしまったとか、興奮したとか、わくわくしたっていう部分。
 その「暗い闇にある拒否できない部分」というのが残ってしまうものなの。

 それが時には次の犯罪につながるぐらい深刻な傷だったりする。
 子供の頃に暴力を受けていた子がやはり暴力を振るうようにね。



 そういう人たちを「性的に少数派である」というくくりで救えるだろうかと思うわけ。
 それは疑問よね。

 だからLGBTというククリにしても取りこぼしがあるということなの。
 彼らは確かに少数派だし社会から孤立しているし、秘められた部分でのことで悩んでいるのだけど、それは幼少期の被害が原因となっているということで少し違う。
 もう少し社会には責任があるんじゃないかしら。
 でもこれはなかなか難しいことなのよね。


 







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男の子の苦しい問いかけ

 「俺のこと男として好き?それとも人間として好きなの?」
 って。

 男の子が聞くわけ。
 付き合ってる。 キスぐらいはしてる関係。
 でも相手の気持ちがどんなだか不安になっちゃうのよね。
 それで男の子は聞いちゃったりする。



 男の子は相手の気持ちがわからなくなって、とても不安になってる。
 まさに思春期全開ってことよ。
 付き合う意味すらまだよくわからず、キスの味すらよくわからない。
 それでいて相手とのことを真面目に真剣に考えちゃうとどうしたってそうなる。「好き」って何?って。すごく真面目で朴訥な質問ではあると思うの。

 それに男としてまだそんなに自分に自信なんかない。
 とにかく相手の気持ちを確かめたい。そんなお年頃があるのよ。


 そしたら男としての自分? なんだかよくわからないけどオトコってものの野獣みたいな魅力? それをキミは直感的に好きになったの?って聞いちゃったりする。
 ボクの男としての魅力?
 自分にはわからないんだけど、キミには俺のよさがわかるの? そういう俺の「オトコの部分」が好きなの?って聞いてみたりするわけ。


 あるいは人格的なこと。
 日頃注意している高潔さ、正直さとか、実直さとか、自分でも気をつけていることに魅力を感じてくれているのか?
 だからそう聞いたりもする。
 だから「それとも、ヒトとして好き?」なんて聞く。

 つまり、「ボクのこと男として好き?それとも人間として好き?」って問いかけ。


 

・・・
 しかし、よく考えてみるとこれは彼にとっちゃ「賭けに近い」ような、自分にとっても残酷な質問なのかも知れないのよね。
 というか、そうなるのが常なもの。(笑)


 だって、「ヒトとして好き」なんて言われるとやっぱりガッカリする。
 「あなたはいいヒトだけど・・・」なーんてよくありがちな別れ言葉じゃない?
 人間としてって言われてもね。
 確かに困るじゃない。
 そこまで人格形成なんかできてないし、いったいどこのコンクラーベなのよってことになっちゃう。
 俺はこの先どうしたらいいんだってなるわよ、きっと。
 高潔でいたいとは思いつつ、部屋では独りベスターマーションに耽ったりする年頃なんだから、どうしたって人間としての自信だってそんなにはない。


 じゃあ、あるいはまた、相手がその質問に「ちゃんとキミのことは男としてみてるよ」なんて答えたらどうする?
 それはそれでまた悩むことになるのよ。
 他のオスと較べたらどうなのか?、自分よりワイルドでマッチョだったり、スマートなオスはどうなんだと、他の男の比較が気になってしまう。それもまた常。

 例えば、男の子が思う「男らしくてカッコイイ」ってものと、女性が思うそれとはたいてい違うものなのよね。
 たいていはそうだけど、女性に人気の有名人って男からしたらキモいだけ。逆も。
 男には女性の基準が分からないものなのよ。

 男同士ではイケメンでも女性にとったら爬虫類、そんなのはよくある見解の相違です。


つまりどっちの答えを答えられても、結局不安になるんじゃないかってことなの。

 質問にもならないのよ。



 だからいっそ、こういう問いかけには答えない方がいいかもね。
 優しく笑ってやればよろしい。
 お互いに謎にしておきましょう。

 それに人の価値観なんてそんな簡単に言い表せるものじゃないじゃない?

 これは何も男の子から女の子に限定した問いかけではないのよ。
 LでもGでもなんだって、相手がいる限り。
 それが例え桜の幹であってもね(笑)。



ほら、「汝の髪を試すな」っていうでしょ。

 あら、また髪の話になっちゃった。
 嫌ね。(笑)


 

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水面ジャンプ ペンタックス

Save0030_2018080500010453e.jpg 自分のカメラはペンタックスだ。
 こんな立派なタイプのデジカメではないけど。
 やっと手振れ補正のついたものを手に入れ、それでもヘタなもんだから写真は苦労している。

 こっちの露出をイジるとどうとか、こっちの補正かなんかだとスピードがとか、組み合わせがわからなくなってくる。
 どだいその時に写すのでゴチャゴチャやってられないとか思ったりする。
 フィルムからSDカードに変わっても、同じことをやっている。


 昔から、カメラを忘れるような人間なのだ。
 それでいてデフォルトの各種設定で夜景とか風景とかあるが、それをやるのは嫌なもんだからわけがわからない。馬鹿である。

 伝えたいことが写真ではあまりないのかも知れない、そんな気もする。

 ジャパネットのタカタが面白いことを言っていた。
「テレビとラジオの通販をやっているが、ラジオでは色なんかで返品がむしろない。アナウンスが声だけで赤と言ったら赤で、客は納得してその赤買う。ところがテレビだと照明の加減で思った赤と違うとか返品があったりする。」
と。

 なかなか経験に裏打ちされた面白い話だと思った。
 
 いや「赤」って言ったって「アカ」のことではない。



・・・
 そういや石破が善戦したとかで驚いた。
 「地方、地方」とエサさえばら撒くような、かつての民主党のような詐欺的なことも平然と言っていたというのは聞いた。呆れるがそれに惹かれたというなら地方は馬鹿すぎる。
 今の地方自治が責任を取って何かできるとは到底思えない。
 地方政治なんてと住民はろくろく投票にも行かず、それでいて過分な権力が首長には与えられている。独裁いい加減な失政に任せてしまう。
 住民たちはおこぼれを狙ったりもらえなかったり。
 そういう責任は取らずにカネだけ寄越せという地方自治などおかしな理屈だ。
 さすがに自民だから地方では有力者が多く、石破の話に惹かれるというのか。

 正直、どの田舎、どの地方に行ってもほとんど値段が変わらなくなってきた。
 あそこは鯛が取れる、やれ太刀魚だ、魚が美味いといっても、現地ではがっかりするほど安くない。特産品はその土地でもそこそこの値段する。スーパーでも野菜でも何でもそうだ。
 顔見知りから貰うんじゃない。その土地のものなら安いだろうというのがもはやない。
 なぜ?地方でカネを食いつぶしてしまったもんだから高くなってしまうのだ。
 昔は違ったようだよ。どこでもその土地のものならそこそこ安かった。
 なぜこんなことも考えられないのだろうか。



 その上、石破は民主主義の原理さえ理解していないようで、「多数で押してはいけない」といいながら「出来る限り理解を広げる」とかちんぷんかんぷん。
 あの目、あの口ぶり、あの態度と中身で善戦したというのだからゾッとする。
 まだ自民の中でポスト狙いにあんなのを飼っておこうというのがいる。

 
 安倍政治のどこがいけないのか誰も言えない。
 反省なき監査なきマスゴミがまだそれを云うオルフェウスの誘惑に石破に振り向いたのか(笑)。
 安倍のしたことでないことが、まるで彼の責任であるように誘導しているが、その異常な論理と動機は何だ?
 結局、中韓に配慮させたいということ、日本を常にくじこうという動機が働いているだけだ。

 老人を働かせることも、年金を取り上げることも、外国人を受け入れることも、これまでのツケから必要になってしまったことだ。
 再稼動が必要なのも脱原発のためなのだ。
 こういうことを否定したいというなら責任を取るのは国民だ。
 もっともっと税金が必要になる。
 それでもまだ、そうやってゴネて日本を売り渡すことで得が出来ると思っている阿呆がいるらしい。

 クニがアブねえなあ。

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青い生の唐辛子をいただく

夏の終わり、そろそろ涼しくなると唐辛子が実りを迎える。

 先日、農家が店を出していたので寄ってみると、唐辛子が四種類ばかり売られていた。
 ほほう、これは珍しい、なーんて見ていると、オバちゃんが「辛いのは好きですか」なんて聞いてきた。
 はい。そりゃあもう。

麦藁帽を被っていたずらっぽく艶っぽく笑いつつ、そのオバちゃんは棚にあった唐辛子を差し出し、ほれ、食ってみろと言う。
 緑色の、実に新鮮な感じがする見るからに美味しそうなトウガラシだ。

 それに、なんと懐かしい出された方をしたものかと思った。


 インドやタイ、ミャンマーなどの街角で、野菜売りはそうやって「これは美味しい野菜だよ」と差し出して生で食わせてくれたものだ。
 日本ではさしずめ水やオシボリが無料のサービスだが、途上国では腹を壊さない水は清潔なむしろ貴重だ。
 逆にこういう無農薬の地元で食っているような野菜はタダみたいなもの。
 インドでカレーを食っても「サブジ」としてタダでつけてくれる。玉葱、ニンジン、トウガラシ、そんなのが盛られてツマめる。
 言って見れば「薬味」みたいなものだ。
 他のものでも、パッタイやフォーみたいなのを注文してもテーブルにはどうぞご自由にと野菜がたんまりと盛ってあったりする。

 ビールなんかBarで飲んでても、こういう野菜を何気なく出してくれたりするのでとても気持ちがいい。
 それを発泡酒なんかじゃなくて、安いもんだからちゃんとしたビールでいただけるというわけだ。
 トウガラシをかじって、ひりひりした唇をビールで撫で付けるようにして慰めて、それがまた胃に染み渡ってゆく。
 どこでも、たいていそれはトウモロコシの売り子の声とともに夏の終わりの楽しみだったような記憶がある。



 
 さて、オバちゃんに差し出されたトウガラシを食ってみると、はて辛くない。

 そう言うとオバちゃんは、「おっかしいなぁ、辛いんだけどな」と笑って、こっちと、もっと辛いというのを渡してくれた。
 ああ、これこれ。
 これは辛い。美味いよ。
 「でしょう。やっぱり辛いんだ」オバちゃんは安心したように笑った。
 トウガラシにしても個体差があるものだからそんなに辛くないものもあったりするが、やっぱり一番辛い品種というからには辛さが違う。

 どうもオバちゃんは辛いのが苦手か。
 こちらの舌で試してみたというところ。


・・・
 こういうトウガラシはよく噛んで食うといい。
 トウガラシというのはそのまま生で食べるとまた違った味わいがある。
 噛むとスウッとした香ばしさが拡がって、それとともに口に新鮮な緑が届いてきて、やがてヒリヒリと唇や舌が焼ける。
 強いものは鼻にも辛さがキーンと抜けて回って、頭の中の内部をガンガンとこだまさせる。
 これが実に気持ちがいい。涙が出て、鼻水が出る。クシャミが出る。
 全ての歯が抜けそうなぐらいに浮くのがわかる。

 しかしそのキツさが何だかいい。
 そこをビールか何か飲んで冷やすと実に美味いのだ。
 辛さもいつまでもジリジリと残ったりはしない。そういうしつこさはない。
 威勢のよい辛さが体や脳味噌を新しくしてくれるような感じ。

 だからむしろ調理などせず、旬のトウガラシはそのまま食ったほうがいいぐらい。
 特に夏、もしイケるクチなら是非お勧めだ。

 茎に近い部分は後回しにした方がいい。そっちの方があまり辛くない。
 先端がたいてい一番辛くなっているからそこから食べて、その一番辛いところを味わって悲鳴をあげる。そしたらツルについてた甘みのある方を食う。
 そんな風に交互に食べるぐらいだとちょうどよい。

 もちろんそこまで辛いトウガラシもあまり入手できないもの。
 むしろ当たったら幸運なぐらいだ。
 でも塩は欲しいなぁ。


 こんな「食ってみ」というのを日本の、農家のオバちゃんに思い出させてもらったのは意外な嬉しさがあった。
 礼を言って三袋ばかり買った。
 上機嫌で帰り道に発泡酒とポリポリやっていたら帰る頃にはすっかり胃がかっかと燃えてしまっていた。

 やっぱり、できれば塩が少しあったほうがもっとよかったと思った。


 また寄って今度は塩でも持っていこうかしら。



・・・
 もっと小さくて、激辛が保障されているような唐辛子が出回っているけれども、あれはとても生では食べられません。
 単価が高いものだからハバネロとかを好んで作っている生産者がいる。
 けれども、あれはピクルスにしたり、細かく刻んで酢や焼酎に塩漬けにして調味料として使うもの。ポリポリとは食えません。
 そこまで辛過ぎると、味わいどころか何も感じなくなってしまう(笑)。
 頭がボーッとしてしまうレベルのものもあります。

 前にネパールの「世界最高に辛い唐辛子」というのをピクルスで食ったことがあるが、悶絶はした。
 ヒリヒリしギクギクと脳味噌が鳴った。
 それを今から思い出せばやっぱり美味かったと思う。
 今でも思い出してもまた食いたいとヨダレが出そうになる。
 しかし食えば悶絶する。



・・・
 あと、特に男性諸氏は取り扱いには注意しましょう。
 トウガラシによっては外側にも辛い成分が汗をかくように出ているものがあります。


 昔、子供の頃、独りで街角を歩いていて、よその大人に聞いたことがあるの。
 これなあにって。
 盆栽のトウガラシだったのよね。それが。
 で、「これはトウガラシだけど食べられないのよ」と婆あに教えてもらった。
 「ふぅん」てな具合。
 で、なんで食べられないものがこんな鮮やかな実をつけてんだろうって。
 なんで大事にされてるかは子供のセンスとしてわかんないもんだから、ちょっとその実を触ってなでてみた。
 あれってプラスチックのような色合いじゃない? これが普通の植物とは思えなかったのよね。
 それから後はもう大変。
 その手で目をこすれば真っ赤になるし、ヒリヒリするし、オシッコに行けば下半身もまたすごいことになった。
 まあ結局、独りだったから誰かに見咎められたり騒がれるようなことはなかったの。アタシにはそれが救いだった。
 アタシは子供の頃、ずっと独りでよかったのよ。
 それで運よくトラウマにはならなかったんだけど、公園でその訳がわかるまで延々と水場で手と顔を洗っていた記憶がある。


 とにかく、調理するにしても生で食うにしても、これを一度でも手で直接触ったらせいぜいご用心。
 特にね、大人だとビールなんか飲んでて、近くなるでしょ? あとは言わなくてもわかるわよね?
 どうしたって危険部位なんだから。
 大きな大人の下半身は、子供みたいに目をこすってヒリヒリするなんてもんじゃないんだから。

 したくなったら触らないようにしていたすしかないぐらい。

 まあ、「そういう刺激が好きだ」という人にはもしかして逆にお勧めなのかも。
 アタシはよく尻ませんけど(笑)。


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